第18話 書庫での出来事

 城の中をそれなりに自由に歩きまわれるようになったので、レッドに叱られた翌日の朝食後に早速探検に出る。

 まず出かけたホールには歴代の王の肖像画がかけられていたが、端にあるレッドの隣の額縁には黒いカーテンがかけられていた。

 他にも二、三の肖像画に同様の処置がされている。

 たぶん王位を追われたってことだろう。王様っていうのも楽じゃないね。


 私が見て回るのを許されたのは、城の中でも王とその家族が暮らすプライベートなエリアに限られる。

 それでも、見て回るのはなかなかに楽しかった。

 娯楽室、図書室、美術室、食堂に見晴らし台、それにタイル張りの浴室もある。

 

 小さな礼拝室も備えていた。

 礼拝室の壁には見事なタペストリーがかかっていて、ヴォーダン神が邪神ダ・ジャバールを打倒した様子が描写されている。

 こんな感じで、私の中のものをさっと取り除いてくれたらいいのだけど。


 午前中は見学に忙しく、文献探しのお手伝いは午後からになった。

 自分で言いだしたのだけど、城の中を散策できるようになると、正直薄暗い書庫での作業はあまり魅力的ではない。

 しかも、一緒に作業をする若い神官たちは、私に対する当たりが強かった。


「なんだか新参者のくせにでかいツラをしているな」

「ああ。陛下のご友人だってさ」

「ぽっと出のくせに陛下と親しく口をきいているらしいわ。身の程知らずよね」

「陛下の温情に甘えて、やあねえ」


 私に向かって面と言ってくれば喧嘩を買うこともできるが、仲間内で話しているのが嫌らしい。

 しかも、わざと私に聞こえるような大きさの声を出している。

 公正と高潔を司る神様の信徒といえども人間だ。

 どこにでもこういう連中はいる。


 言われっぱなしになるのは腹立たしい。

 さて、どうしてくれようか。

 レッドかイリーナさんに告げ口するという手もあるが、こいつらが叱られるところが見られるわけじゃないし面白くない。

 それでは久しぶりに、やっちゃおっか。


「あーあ。ちょっと疲れたかも」

 私は独り言を漏らし、書庫の隅にある箱に深く腰掛け、背中を壁に預けた。

 この体制なら少しは無理をしても倒れる心配はない。

 ではでは。出でよ。


 でっかくて黒びかりする長いひげの生えた昆虫を四匹思い浮かべる。

 一匹ずつ憎ったらしい陰口をたたいていた連中にとびかからせた。

 棚から腕に飛び乗るもの、脚を這い上がるやつ、羽根を出して顔に向かって……。

「ぎゃあっ!」


 最初に気づいたのが叫ぶと、次々と阿鼻叫喚の声があがる。

 転んだり、本を放り出したり、飛び上がって書架にぶつかるなどの騒ぎとなった。

 用を終えた虫たちを隅の方にささっと走っていかせ、物陰に入ると同時に送り返す。

 作業を監督する年かさの神官がやってくると事情を問いただした。


「でっかい気持ち悪いブリ虫が出たんです」

「何匹も」

「本気で怖かったわ」

「ほら、こんなに鳥肌がたってます」


 口々に訴えるが、監督員は冷静に指摘する。

「で、どこにいると言うのだね?」

 気が付けば自分たちの周りにブリ虫がいないことに気が付いて口を閉じるしかなかった。


「さっきまでそこにいたのに……」

「食堂でもないこんなところで出るわけがないだろう。もういい。お前たちはもう帰れ。いても邪魔になるだけだ」

 くくく。怒られてやんの。

 ざまあみろってんだ。


 うるさいのが居なくなったので、本探しを再開する。

 『邪教における生贄の捧げ方』か。私の場合とはちょっと違う気もするけど、参考として読んで見るか。

 しばらくして本を閉じる。

 おええ。読まなきゃ良かった。普通の女の子が読んだら失神するんじゃないか。

 この程度の反応しかしない自分が怖い。ネズミの巣での生活に順応しすぎた弊害だな。


 しかし、こんなに嗜虐的でグロいことをする連中が私を探しているかと思うと、背筋がぞわぞわする。

 もし捕まったときは、なんとかしてダ・なんとかの骨なんか持ってないと否定しようかと計画していたけど考え直そう。

 じゃあ生贄にしてしまえ、となるとそっちの方が悲惨だ。


 さて、気を取り直して次の本に進もう。

 様々な系統の魔法について考察したものか。

 いいねえ、面白そうじゃん。

 なるほど。魔法士の使うものは体内の魔力を決められた手順で別のものに変換する技術なのか。

 魔力が少ないと発動しないし、魔力があっても正しい手順を踏まないとやはりダメなのね。


 その一方で、神官の使うものは、魔力を媒介に神様にお願いして、その力を一時的に貸してもらうものなのか。

 神様だって、信じてもいない者、日頃から教えを守ってない者は手助けしない。まあ、そりゃそうだ。

 ふむふむ。読めば当たり前のことのような気もするけど、体系的にまとめて書いてあるところが、この本の価値なのだろう。


 お、治癒魔法つながりで呪歌についても書いてある。

 どういう原理か良く分からないけど、大した効果はないから分析するまでもない、とか書いてるよ。

 ぷくく。

 ギルが聞いたら、情けなさそうな顔をしそう。元気にしてるかな?

 すっかり今の環境に慣れちゃったけど、私もちょっと前までは、ドブネズミの生活をしていたんだよなあ。

 生きるだけで精一杯だったけど、邪神だなんだという壮大な話を知らずにすんだ。

 ある意味平和だった。あの生活に戻れると言われても拒否するけど。


 さあ、最後まで読んでしまうか。

 あ、邪神の神官が使う暗黒魔法について書いてある。

 名前は暗黒とついているが、根本的には他の神官の使うものと原理は変わらないのか。まあ、そういうものかもしれない。

 へえ、傷を癒し、病を治すこともできるんだ。ちょっと意外だけど、考えてみれば当然かも。信徒は大切だもの。

 それでも他の神様に比べると他者を攻撃する魔法が比較的多いのね。


 あ……。

 虫を多数召喚して相手をひるませたり、傷つけたりする魔法かあ。

 これって、やっぱり私が使えるやつのことだよね。

 えええっ?

 私って暗黒魔法が使えるの?

 

 

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