第17話 軟禁なんて我慢できない
くどくどと私の置かれている状況と、非常に繊細なバランスの上に成り立っている待遇についてレッドは口調も荒く説明する。
大きく息を吸って呼吸を整えると乱れた前髪を手でかきあげた。
無意識の動作だろうけど様になっていて思わず見とれてしまう。
「で、何か申し開きはあるかい?」
「だって、暇だったんだもの」
私の返事に目を剥いた。
「君を追放も、拘束もせずにいる待遇を、退屈だからというそんな理由で危険にさらしたのか?」
「あれじゃお城の塔に幽閉されているのと変わらないよ。そりゃ、毎日美味しいごはんを食べさせてもらってるけど、このままじゃブクブクと太りそう。ひょっとして魔神が降臨しても太り過ぎで動けなくしようとかそういう作戦?」
「そんなわけないだろう。それに今の君でも細すぎだ」
「それにしたって体がなまってしょうがない」
「頼むから部屋で大人しくしているんだ」
「嫌だよ」
端的にして簡潔な拒否にレッドは唸り声をあげる。
「くそっ。尻を引っぱたいてやりたい気分だ」
「へえ。王様ってそういう趣味なんだ。じゃあ、試してみるかい?」
「一体何が不満なんだ? 何がしたい?」
レッドは怒りを爆発させた。
私は腰に両手の握りこぶしを当てる。
「僕はね、ネズミの巣から出たらやりたいことを色々と考えていた。それが全く実現できていない。それが大いに不満だね。まあ、君たちにも事情があるのは分かるから、好きに旅行させろとは言わないさ。でも、せめて城の中ぐらい自由に歩かせてほしい。いや、立入禁止の場所まで入ったりはしないよ。あと、週に一回ぐらいは町に行きたい。それと何か仕事が欲しいな。過去の文献を漁るのなんてどうだい? 僕は一応ある程度の読み書きはできる。それから、魔法を習いたい。とりあえずはこんなところかな。そうだ、たまには君をゲームでぼっこぼこに負かすというのもあった」
レッドは大きく息を吐く。
「君は自分の立場が分かっているのか?」
「大いに分かっているつもりだよ。僕の体内にはヤバイものがある。だけど、それは僕の責任じゃない。だいたい、君は心配し過ぎだよ。邪神の教徒が探しているのは、裕福な商人の御令嬢だよ。こんなこすっからいガキじゃないんだ。僕を探そうともしないだろう」
「髪の毛の色も一緒だ。目の色だって一致する。どこで誰が気づくか分からない」
「緑やピンクならそうだろうさ。だけど、僕の髪と目の色はそれほど特徴的じゃない」
「でも美形だ」
「もっと綺麗な君に言われると嫌味に聞こえるな。そりゃまあ、そんなに悪くはないとは思うよ。だけど、三年も経っているんだ」
「美しいというのはね、それだけでトラブルを引き寄せるんだ。邪神の教徒以外にも君にちょっかいを出そうというのが出てくるかもしれない。ネズミの巣にいた変態のような」
私の顔から血の気が引いたのだろう。
「嫌なことを思い出させてすまない。だけど、言わせたのは君だぜ」
「まあ、いいさ。僕のことを心配してくれるならなおさらのこと、僕が身を守れるように魔法を学ばせてくれ」
「随分と魔法にこだわるな。しかし、魔法士になれるほどの魔法の素質がある人間は多くないんだ。君にその才能があるという確証でもあるのか?」
「じゃあ、素質があるかどうかだけでも確認させてくれよ」
「まったく、こんなに要求が多いとはな。重臣たちを説得する私の身にもなってくれ。完全に私の決定に納得しているわけじゃないんだから」
「嘘つき」
「何が嘘なんだ。この間会議に出て聞いただろ?」
「あれって、僕に見せつけるための芝居でしょ? レッド。君はかなり人心を掌握している。あれだけの多数の兵士を動員できるんだもの。アヴァロニアに侵攻する前に僕の処遇について結論もでないままなんて考えられない」
「それだけ
レッドはあごに手を当てて考え始めた。
私は期待を込めた目でレッドを観察しつつ答えを待つ。
レッドは諦めたように話し出した。
「町へ外出するのは週に一回でも当面は認められない。ただ、城内をある程度自由に歩くことは認めよう。仕事は城の文書庫にある記録のチェックの手伝いをしてもらう。君に魔法の才能があるかどうかのテストについては、魔法士長に話を通しておくということでいいな? それとゲームで君に負けるというのは承服しかねる。暇ができたら対戦しよう。今度は私が大勝ちするつもりだが。これ以上は譲歩できないぞ」
レッドは厳しい表情を作る。
私も回答を吟味するため考えるフリをした。
笑顔がバレないように下を向く。
まあ、概ね要求は通ったと評価すべきよね。町への外出は拒否されたけど、当面という条件があるので、将来には解除される含みもあるし。
私は仕方ないという表情を作って顔をレッドの方に向けた。
「それでいい。一応お礼を言っておくよ。ありがとう、レッド」
「どういたしまして。これからは突拍子もない行動は慎んでくれよ」
「なるべく、そうする。ところで、僕が出会ったセーラって子、なかなか可愛い子だった。レッドも知ってるかい?」
「もちろんだ」
レッドは返事をしながら渋い顔になる。
「そんな顔をしなくったっていいじゃないか。僕自身も忘れそうになるけど、僕は男じゃないんだ。変な虫の心配はしなくていいんだぜ」
「そういうことじゃない。セーラは兄の子さ。私にとっては姪にあたる。兄はあの子を私に当てつけるように置いていったんだ。あの子自身には罪はないが、なかなか扱いが難しいのさ。まあ、君はあまり接しない方がいいな」
それは面倒くさそうだけど、ちょっとセーラに同情しちゃうなあ。
しかし、やっぱりレッドは甘い。
こんなのわざわざ獅子身中の虫を飼っているようなものじゃないか。
まあ、甘いからこそ私を受け入れ、わがままも聞き入れてくれているんだろうけど。
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