第16話 退屈しのぎの脱走

 会議の翌々日になると私は退屈しきってしまう。

 与えられた部屋は眺めも良い客間だったが、景色なんてそんなに長く眺められるものじゃない。

 視線を下げて町の様子を観察すると、なかなかの殷賑ぶりだった。

 ただ、こういうものは遠くから見ているだけでは面白くない。


 私は、日に一度様子を見に来るイリーナさんに町に行きたいと頼んでみた。

「部屋でじっとしているのに飽きちゃったよ。町に行きたい」

「まあ、そうよね。見ているだけじゃ面白くないものね。では陛下には私から話してみるわ」


 翌日戻ってきた返事は不許可。

 その決定を下したレッドは忙しいのか会議の後は三日間ほど顔も見せない。

 シルフィーユさんもイリーナさんから聞いた話では警備強化のために忙しく見回りをしているとのことだった。


 三食昼寝付きという好待遇だが、給仕の人は絶対に言葉を交わそうとしないので、話すことができるのは一日に一回私の診察をするイリーナさんとの僅かな時間しかない。

 本当に暇で仕方なかった。

 ネズミの巣に居た頃は働かずに飯が食えたら最高と思っていたのが思い出される。

 まあ、人というのはそのとき手に入らないものを貴重だと考えてしまう生き物なのだろう。


 私は退屈しのぎにとりあえず部屋の外を探索することにする。

 レッドも顔ぐらいは見せに来るだろうし我慢するかと、三日も大人しくしていたからもういいんじゃないかな。

 私の部屋には鍵がかかっていて、外の廊下には見張りがいるのも知っている。

 だけど、部屋から出る場所はそこだけじゃない。


 私の与えられた部屋の窓から下を見下ろすと地面までは四階分ほどの高さがあり、飛び降りるのは難しかった。確実に怪我をするし、下手をすれば死ぬ。

 普通は女の子なら手も足も出ず指をくわえるしかないはずだった。

 ただ、窓は外に張り出していて、落下防止用の柵がある。

 そこに足をかけ、手を伸ばせば雨どいに届いた。

 男の格好をしているのも幸いする。さすがにスカートじゃ足をかけにくい。


 雨どいを尺取り虫のようにして下りる。

 お転婆ニアの名は伊達じゃないぜ。

 半分ほど降りたところで開いた窓から声が聞こえる。

「今度陛下が連れ帰った少年、あれ何者なんだ?」

「なんだか知らんが、かなりご執心らしい」

 

 なになに? 私の噂話のようだが、話者が移動したらしくこれ以上は聞き取れない。

 話の内容が気になるが降下を再開する。

 私の背丈の倍ほどまでの高さに到達すると飛び降りた。

 着地を華麗にきめて脱出成功。

 高い塀との間の空間はあまり広くはないが、自由に歩き回れるのは楽しい。


 建物に沿って進み、切れ目で曲がる。

 その通路の突き当りは小さな中庭だった。真ん中で噴水が静かに水を跳ねさせている。

 全体的に武骨な造りの城だが、それでも中庭の周囲にはぐるりと花壇が整備されていて、蝶が優雅に舞っていた。

 ちきしょう。こんな綺麗な場所があったなんて。


 小ぎれいなベンチに腰を下ろして伸びをする。

 小鳥がやってきて、ピピっとさえずりをあげたと思うとちょんちょんと噴水に近づき溜まった水をくちばしに含んだ。

 実に絵になるような美しい光景に心が和む。

 お日様を浴びながら目をつぶった。


 ここは気に入ったが他にもいい場所があるかもしれない。

 中庭からは三方に通路が伸びていた。

 さてと、どちらに行こう。

 元来た道と反対側の通路はすぐに戸口に塞がれていた。

 近づいて試してみたが鍵がかかっているのか開かない。


 残りのうちの一つを選んで進んでいった。

 通路は右に向かって弧を描くように曲がっている。

 パタパタという足音がしたと思うと身を隠す間もなく、十歳ぐらいの少女と鉢合わせした。

 その背後の方向から声がする。

「セーラ様。お待ちください」

 

 可愛らしい少女は目を見開いた。

「あなた、だあれ?」

「ああ。僕は……」

 走る足音がして女性が姿を現すと叫ぶ。

「誰かっ! 中庭に賊がいます!」


 女性は少女を後ろから抱きかかえると肩に担ぐようにして走り去った。

 賊? どこどこ?

 ああ、私のことか?

 そんなに変な格好はしていないと思うんだが。


 すぐに前後から複数の足音が聞こえてくる。

 これはマズイかもしれないな。

 今まで部屋に閉じこもっていたから、私の存在を知る者は少ないはずだ。

 本物の賊と思われていきなり斬られたらどうしよう?


 三名と二名の鎧姿の兵士が前後からやってくる。

 遠征中と異なり革製で胸だけが金属板で補強した鎧を着ていた。もちろん、手には抜き放った剣が握られていて、太陽の光を浴びて剣呑な光を放つ。

 私は両手を上げて愛想笑いを浮かべた。

「どうも。あの、僕は一応この城の客で……」


 兵士の一人が声を出した。

「陛下の友人のキャズじゃないか。こんなところで何をしている?」

 ああ、良かった。私は知らないけど、向こうはこっちを知っているようだ。

 その兵士の声に全員が剣を腰の鞘に納める。


「ちょっと散歩していたというか……」

 私の説明に不信感が増したようだ。

「怪しい奴だ。実は我が城に何かをする思惑で入り込んだのかもしれない。セーラ様と行き会ったというのが偶然とは思えん。詰所に連行する」

 あっという間に四方を取り囲まれてしまう。

 残りの一人が走ってどこかへ行った。


「怪しいですよね。でも、退屈して部屋を抜け出しただけで他意はないんです」

 言い訳をしてみるが有無を言わさず、通路を歩かされる。

 腕こそ捻りあげられたりしていないが、左右と後ろの三人はいつでも私を制圧できそうだった。


 こうなっては自慢の逃げ足も役には立たない。

 戸口を入り廊下を進んで詰所に連れていかれた。

 兵士たちの奇異の視線が刺さる。

 そこへ、シルフィーユさんが走って飛び込んできた。


「キャズ。なんでこんなことに?」

 騎士団長による身元保証が行われたせいか、兵士たちの視線は柔らかくなる。

「とりあえずここを出ましょう」

 詰所から連れ出されて、廊下を歩いた。

 歩きながらかなり本気でお説教をされる。


 自分の部屋に戻るのかと思ったら違った。

 何度か警備兵がいる前を通り過ぎて一つの部屋の扉の前に立つ。

 シルフィーユさんがノックをした。

「陛下。お騒がせ者を連れてきました」

「入れ!」


 扉が開くと私の背が押される。

 たたらを踏みながら部屋に入った私を怖い笑みを浮かべたレッドが出迎えた。

 あ、シルフィーユさん扉を閉めないで。

 願いも空しくレッドと二人きりになった私は壁際へと追い詰められる。

 レッドは私の顔の両側の壁に手をついて逃げ場を塞いだ。

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