第15話 重臣会議の席上で

 ダンクリフに到着した翌日、岩山の最高部にある王城のさらに高層階にある会議室に私は連れて来られる。

 窓からは城下やその先が一望できそうだったが、私には窓辺に寄る余裕すらない。

 コンスタブル王国の重臣が一堂に会して、私に鋭い視線を送っていた。


 一応、横にはレッドが居るし、少し離れているところにはイリーナさんも控えている。

 しかし、それ以外の人々の視線は私に対して好意的とは言えないものだった。

 レッドが皆さんに紹介するので、私は胸を張る。

 別にやましいことはない。私の中のものは……しょーがないじゃん。

 レッドの合図で着座して会議が始まる。


 思慮深そうな若い黒髪の男性がすぐに発言を求めた。

 なかなかにいい男。レッドには負けるけど。

「陛下。その者を我が国に抱えることは、いつ噴火するか分からない火山の火口に座るようなものです。前にも申し上げましたが、どこか遠くの国に送り出した方がいいのではないですか? もちろん、ある程度の経済的な支援は行う前提の話です」


「ジーレン。我が国だけの安寧を図るというのは、いささかヴォーダン神の教えに反するとは思わないか」

 国務卿ジーレンさんか。事前に聞いていた重臣のプロフィールと照合する。公正と高潔を旨とするこの国では割と柔軟な考えをする人らしい。要は汚いことでも気にしないということである。


 以前だったら私もその意見に拍手したかもしれない。

 ただ、イリーナさんに焚きつけられたからというわけでもないが、私の中でレッドの存在が大きくなっていた。

 手ひどく振られでもすれば別だが、可能性があるうちは側に居たい。


 ジーレンさんは国王相手にも怯まない。

「陛下。お言葉ですが、その娘の中にあるのはかの忌まわしき邪神の一部ですぞ。本来我が国に存在することさえ忌避すべき存在です。ヴォーダン様も言われています。邪なものに敷居をまたがせるなかれと。それに万が一の際ですが、邪神から我が国と国民を守れるのですかな?」


 逞しい体の赤毛の男が手を挙げた。

 彫りの深い濃い目の顔つきだけど、目元は意外と涼やかな印象である。

 なんかイイ男率高いな、コンスタブル王国。

「国防を預かる立場として申し上げます。この世に顕現したばかりで全力を出せないとしても、邪神相手では並の兵士ではその前に立つことすら敵わないでしょう。人と人との戦いとは異なります。精鋭を揃えて当たる必要がありますが、正直、我々の手には余るでしょう」


「総騎士団長。では、貴官も他国に追放すべきという意見かな?」

「いえ、邪神が復活すれば、いずれは我が国に累が及ぶでしょう。遅いか早いかの違いでしかないありません。もしそれで問題ないならば、そこの者を斬るべきかと存じますが、それが邪神復活の引き金にならないとも限らない以上、安全な場所に監禁し、復活を企む輩から守るしかありますまい」

 ネズミの巣から抜け出せたと思ったら、この城に幽閉とか勘弁してくれよ。

 そりゃ斬られるよりはいいけどさ。


 しかし、どうすんだ、これ?

 捨ててこいとか、監禁しろとか、完全に私のことを厄介者扱いじゃないか。

 まあ、私も隣人がライカンスロープで、満月の度に狼や虎に変身して襲ってくるかもしれません、と言われたら嫌だけどさ。そっちの方が満月のときという時期が分かっているだけまだマシかもしれない。


 レッドはすっくと立ち上がる。

「確かに貴卿らの懸念はもっともだ。しかし、先ほどの提案は受け入れるわけにはいかない。合理的な理由としては、先ほど言及したとおりだ。それとは別に私個人としても窮状にある友を鞭打つような真似はできん。この決定に不服があれば、私を追って誰なりと次の王に立てるがいい」


 いや、その判断は統治者としては甘すぎないか? 自分のことが話題ということを忘れて心の中で突っ込んでしまう。

 後ろにシルフィーユさんがいないことが残念だった。

 彼女ならなんと言うだろうか?

 重臣たちがどう反応するか息をのんで見守った。


 一斉に立ち上がると右手を眉に当てるコンスタブル王国風の礼をする。

 出遅れた私だけが座ったままで、居心地が悪いったらありゃしない。

 レッドの方を見ると満足そうに頷いていた。

 自らも着座しながら、皆にも座るようにと手で示す。


「では、この国難に対して、我々の知恵が及ぶ限りの現実的な対策を行っていこう。まずは、邪教の信徒どもの動向だ。こちらが守りに回る以上、敵の情報は欠かせない。次いで、過去の文献で似たような事例を探すのだ。神代からは相当時間が経っている。今までにも同じような事態はあったはず。しかし、邪神が復活したという話は聞かない。何らかの形で処置したはずだ。明確には記録されていないかもしれないが、なんらかの符牒が残されているかもしれない」


 理知的な顔の女性が新たな提案をした。

 魔法士長の何さんだったっけ。ジャネット? そんな名前だった気がする。

「タンダール王国の大図書館でも探すべきです。かの国は我らより歴史があり、蔵書数も比較になりません」

「しかし、他国の我らに閲覧を許すとは思えんが。恐らく情報があるとすれば、一般公開されていない本の中だ。それに今は先方もそれどころじゃないだろう」


「確かに仰るとおりかもしれません。それでは自由都市アヴァロニアの稀覯本収集家の収蔵品も当たってみては? 陛下の許可が頂ければすぐに連絡をとりますが、いかがしましょう?」

「そうだな。まあ、アヴァロニアには先日のこともある。そこは一旦保留とし、我が国の書庫から手を付けてくれ」

 先ほどまでの空気が嘘のようにてきぱきと話が決まっていく。

 私はレッドは優秀な臣下に支持されているんだなと感心してしまった。


 ようやく解放されて、私にあてがわれた部屋に戻る。

 そこそこに感じのいい部屋だった。ただ、調度品の感じは女の子向けという感じではない。

 疲れていたので夕飯もそこそこにベッドに入る。

 とろとろと眠り、変な夢を見ては飛び起きた。

 私は追放され、監禁され、火あぶりになる。

 まったく、我ながら影響されやすいな、と思いつつ、何度目かの眠りについた。

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