第14話 神官イリーナ
そんなわけで私の意志など全く斟酌されることはなく、馬車に揺られてコンスタブル王国の都ダンクリフ近郊まで来ている。
まあ、私の以前の望みは、自由とは名ばかりの自由都市アヴァロニアから出て行きたいだった。なので、希望はかなったといえばその通りである。
五百の兵に護衛されているというのも安心だった。
邪神の信徒が私を贄にダ・ジャバールを降臨させようとしているとあらば、これほど心強いことはない。
食事も悪くないし、シルフィーユさんとも親しくなった。
ただ、一応私は外向きには少年の
特に夫のサイモンさんが嫉妬に駆られないかが気になった。
シルフィーユさんは軽く笑って取り合わない。
「大丈夫よ。うちは仕事上、お互いに話せないことがあるのはよく理解しているから。あなたは訳ありで、陛下に直々に面倒をみるよう命じられている、ってことで納得しているわ」
レッドとシルフィーユさん以外で、私と接触があるのは、ヴォーダン神の神官であるイリーナさんで、毎日私の体調を確認しにきた。
教義からすると厳格で面白みが無さそうと思われている宗派だが、少なくともイリーナさんに関してはそんなことはない。
「陛下が手に届く距離にいると心臓によくないわよね。この私でも年甲斐なくドキドキしちゃうもの」
「そうなんですよ、無自覚にこちらを惑わせる台詞を吐いて、僕を苦しめるんだ」
実際には他に目撃者はいないが、少年が道ならぬ思いを告白しているような図であった。
「あら、その言葉は報告しない方がいいわね」
「もちろんです。言ったら恨みますからね」
「それは困るわ」
イリーナさんはおっとりしているが、神官としては相当実力が高い。
私の体内の異物の位置もほぼ特定していた。私が邪神の依り代であることも当然知っている。
そこで、知り合って数日後に聞いてみた。
「私のことが気持ち悪くないんですか?」
「全然。だってあなたはあなただもの。辛い目にあったのになんとか生き延びてきた頑張り屋さんでしょ。それはとても凄いことよ。あなたなら、きっとこの試練も乗り越えられるわ。だから、何があってもアレなんかには屈しないと信じてる」
さすがに名を口にするのは憚られるらしく、アレ呼びではあるが、私をその依り代でなく、一人の人間として見てくれる。
まあ、それは聖職者らしいし、いいのだけど、やたらとレッドのことを話題にしてけしかけてくるのには参った。
「あれだけのカッコよさですもの、好きになるのも不思議ではないわ」
「いや、別にそんなつもりはないですけど」
「またまた~。本心を偽らなくてもいいのよ。そりゃ、年頃の娘だったら恋焦がれるのも当然よ。今まで浮いた話の一つもない陛下が気にかけてるんだから、実は両想いかもね。いいわあ」
「あの……。僕の中にあるもののこと忘れてます? 立場上、ありえないでしょう」
「いいのよ。そんなもの」
私のレッドへの恋心をなぜか既定事項として話を進めるイリーナさんには頭が痛い。どれほど否定しようとも全く頓着されなかった。
仮に、その点は置いておくとしよう。
しかし、私の中にある邪神の一部を、どうでもいいと扱うのはどうかと思った。
「簡単なことじゃないけど、各宗派の高位神官が共同で祈りを捧げれば、あなたの体内から滅することもできないわけじゃないし」
「別に仲が悪いわけじゃないでしょうけど、他の神様を信じている神官の方と、そう簡単に調整はできないでしょう?」
「若いのに悲観主義者なのね」
いや、あんたが楽観過ぎるんだと思うぞ。
「実際、何年もそういう大掛かりな共同作業があったって聞いたことないです」
「まあ、そうね。こういう話なら協力してくれそうな子が一人いるんだけど、彼女も自分のことで忙しそうなのよね。まあ、共同作業が無理だとしても、そのときはあなたの中のものを活性化させようって存在を全部消しちゃえば問題ないわ。あなたの存在を知るアレの信者をみんな消しちゃえばいいのよ」
笑顔で凄いこと言ってますね。ちょっと怖いんですけど。
「私の方の問題が片付いたとしても、レッドの気持ちの問題があるでしょう?」
「何言ってんのよ。これだけの人数を揃えて助けに行ったのよ。陛下もあなたのこと好きに決まってるでしょ」
「私が絶望に沈んで死にかけると、私の中のものが勝手に復活しちゃう危険性があるって話でしたけど」
「それもそうよ。だけど、陛下が……。まあ、いいわ。まずは外堀を埋めましょ」
なんか人の恋路を娯楽として楽しむのはやめて欲しい。
で、そのレッドなのだが、私の秘密を明かした日以降は王様としての仕事が忙しくなってしまったようで、なかなか顔を合わせる機会もなかった。
私の方も休養が必要だったし、三食昼寝付きの生活は悪くない。
イリーナさんかシルフィーユさんが話し相手になってくれるので退屈もしなかった。
ただ、あの日以来、レッドとは同じベッドで眠ることはない。
まあ、移動中はわざわざベッドを荷馬車から降ろして組み立て、翌日は解体する時間もないようだった。
だから私は専用の天幕で一人で寝ている。
ハンモックではないことにもすぐ慣れ、この生活にも急速に慣れ始めていた。
ついに都ダンクリフが目に入る。
岩山一つをそのまま活用した天然の要塞だった。
レッドがこれだけの兵をアヴァロニアへ派遣できたのも都自体の防御力が高いことによる。
初めて見るその威容に私は圧倒された。
山裾にぐるりと取り巻くように城壁がそびえている。
多くの家が立ち並び、段々と標高が高くなるにつれて大きく立派な建物が増えた。
坂道を上り詰めた先にはまた城壁があり、褐色の壮麗な城がそびえ立つ。
いかにも防御力が高そうな武骨な印象だったが、その一方で植物の緑とのコントラストが美しかった。
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