第13話 悲しみと嫉み

 レッドの姿が消えると同時にポロリと涙が落ちる。

 服の腿の部分に小さな染みができた。

 くっそお。

 始まる前に終わっちゃったじゃないか、私の恋。


 あまりに展開が急だったし、ここでがつがつするのもみっともないと思って大人しくしていたんだけどなあ。

 突然積極的にアプローチしたら地位に目がくらんだとか思われそうだったし。

 そして、やっぱりレッドからのアプローチを期待していた。


 昨夜ゲームしたのも照れ隠しでさ、「ネズミの巣で初めて見たときから好きだった」なんて言われて迫られるんじゃないかとか、心の底で密かに思ってたんだよ。

 まあ、寝落ちしちゃった私も悪いんだけど。

 目覚めたらレッドの腕の中でドキドキという展開でも良かった。


 それが、再会して二日目にして世界最大級の危険物扱いとか涙も出るってもんさ。

 しかも、レッドがよりによって、堅物の多いコンスタブル王国の王様なんて、組み合わせが最悪だ。

 これが一騎士とかなら、駆け落ちって手もある。

 王様でも、コンスタブル王国以外なら、何か理由を作ればぎりぎり許容してもらえる余地はありえた。私を不幸にすると終焉が早まるとかなんとか適当にそんな感じで。


 しかし、ダ・ジャバールを退治した神様の信者にとってみれば、私は同じ空気を吸うのもためらわれるほど汚れた存在ということになる。

 戦神ヴォーダンは公正と高潔を司る存在でもあるので、問答無用で私をぶち殺せとはならないかもしれない。

 それでも、自分の王様とくっついたと知ったら、国を傾ける魔女めってことで火あぶりにしろと吹き上がる展開が容易に見えた。


 無闇に処分するわけにはいかないが、危険な存在ではあるので、力強き若き英雄レッドワルトの監視下に置く。

 まあ、このシナリオなら国民の納得も得られるはずだ。

 ヴォーダン様の加護を受けているから惑わされない。俺たちの王様凄い。そんな声も上がるかもしれない。

 汚れた存在の私もお情けで生かしてもらえる。みんな幸せ。

 火がついちまった私の恋心を無視すれば。


 まあ、私の不幸な境遇を抜きにしても、レッドが私の思いを受け入れるかどうかという別の問題もあるんだけど。

 三年間必死になって偽ってきたせいで、しゃべりも思考も男っぽいし、見た目だって、筋張っているから少年としか見えないはずだ。

 それでも、ネズミの巣で二人きりで過ごした記憶は強力なかすがいになるだろうし、天涯孤独な私をレッドが憐れんだかもしれない。

 

 栄養事情が改善すれば私の体つきもふっくらとして、ちょっとした弾みにレッドの抑えが効かなくなる可能性はあった。

 私のことを顔がいいと言っていたし、レッドの好みなのかもしれない。

 ……。

 自分に都合よく妄想し過ぎだな。


 レッドは王様だ。

 しかも顔は超絶美形で、ちょっと冷たさも感じるいい男だった。中身は意外と子供っぽいところもあるけど、そのギャップも悪くない。

 大抵の女性はレッドに迫られれば、絶対断らないだろう。

 身分ということから考えても、他につり合いが取れる女性は一杯いるはずだ。

 手近なところなら、騎士団長のシルフィーユさんなんか適任だろう。

 一緒にいても見劣りしない美形だし、女の私から見ても颯爽としている。


 そんなことを考えていたら当人の声がした。

「失礼します」

 こういうタイミングで強力な恋敵が目の前に現れるというのは、やっぱり私は呪われているのかもしれない。

 シルフィーユさんは今朝も凛とした佇まいをしている。

 それでいて平服を着ているせいなのか女性らしさも感じられた。


「気分が優れないということですが、大丈夫ですか?」

 いいえ。大人の女性の魅力に当てられて、さらに具合が悪いです。

 そんなことは言えないので適当に返事をした。

「いや、まあ、ちょっとだけです。大丈夫」

「そうですか。それは良かった。陛下が今朝はとても気分が良いようで、これもキャズさんのお陰です」


 えーと、シルフィーユさんはどこまで事情を知っているんだろう?

 私が実は女性ということは知っている。

 呪われているということはレッドから聞いているかどうか分からない。

 聞いていないなら、きっと誤解しているだろうなあ。

 昨夜はゲームしただけなんですけどね。


 シルフィーユさんは笑みを見せた。

「惨敗したのは悔しいが、今までできなかった夜遅くまでゲームをするという背徳感で楽しかった、と仰ってました」

 あ、そっちでちゃんと伝わってるんだ。


「どうだ、って自慢げな顔をされるときは年齢相応の自然な顔になられるんです。こう言ったら失礼かもしれませんけど、弟を見ている気分になりますね」

「はあ、弟ですか」

 なんか、余裕のある発言をされて私の中の何かが弾ける。


「シルフィーユさんは、レッドにそれ以外の感情を抱いたりしないんですか? 例えば、男性として素敵とか、そういうの」

 私の問いかけに驚いた表情をした。

「なるほど。まあ、陛下は美しい方ですからね。でも、私にはそんな気持ちはもちろんありませんよ。私には夫もいますし」

「え?」


「ああ、ご存じないのも当然ですね。キャズさんはなんだか自然に溶け込んでいるので、昨日お会いしたばかりだというのを忘れてしまいます。昨夜アヴァロニアの外務官ネルソンズと最初に話していたのが、陛下の近衛隊長で私の夫であるサイモンですわ。一応聖騎士の名乗りも許されています。陛下も素敵ですけど、申し訳ないですがサイモンには半歩譲りますね」

 シルフィーユさんは幸せそうな笑みを浮かべる。


 成り行きで話を聞いたが、有夫の身なのにレッドの兄にしつこく言い寄られ、意に従わないと団長の任を解くと遠回しに脅されて困っていたらしい。

 それを解決したレッドには夫婦ともども深く感謝し忠誠を誓っているそうだ。

 シルフィーユさんは私の目を覗き込む。

「だから、キャズさん、私は障害にならないので、変な嫉視はしないでくださいね」

 片目をつぶって言われてしまった。

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