第11話 お楽しみの時間
あーはっは。
太ももの上に乗せたクッションをぽかぽかと叩きながら、レッドは大笑いをしている。
ここはレッドの天幕内の寝所だった。なぜか立派なソファに私は横並びに座っている。
冷静沈着な王様の勤務時間は終わったとばかり、無邪気な少年レッドは、先ほどのおっさんとの会話で思い出し笑いをしているらしい。
いい性格してんなあ。
まあ、あのおっさんの泡食った顔は面白かったけど。
「あの顔を見ていたかい? いやあ、半月ほどは笑えるな。いや、一月か。アヴァロニアがどう詫びをいれてくるか楽しみだね。戦費を賄うぐらいのことはしてくるかな? どう思う?」
「レッド。僕にそんな政治的なことを聞いても分かるはずがないだろ。それにしても、ネズミの巣にいたときから性格変わりすぎじゃないか?」
「そうか? まあ、そうかもな。あの頃は自分を抑圧して感情も出さないようにしていたからね。こっちが素のはずだよ。だけどさ、もし性格が変わったのだとしても私を焚きつけた君が言う資格はないと思うんだけどなあ。戦って死ね、って言ったのは、キャズだよね?」
「微妙に違う気がする」
「そうかな。まあ、私はそう受け取ったんだ。キャズの言葉には感謝してるよ」
私は肩にしなだれかかってくるレッドを押し返す。
「ちょっと離れろよ」
「いいじゃないか」
「良くない。だいたい、お前は王だろう? 寝所にホイホイ他人を入れていいのか?」
「だからだよ」
返事に頭の中で警告が鳴り響く。
権力者は自分の気に入った相手を好きなように自室に引っ張りこめるということか。
貧民窟で出会った変な女と一夜を過ごすのも一興とでも考えてやがるな。
私なら何をしても夫や恋人がいるわけじゃないから後腐れもない。
まあ、ノールみたいな変態に比べれば全然マシというものだが、もう少しこう、手順を踏んだりムードを盛り上げたりしないのか?
そんなことを考えていると、レッドは立ち上がってキャビネットから何かを取り出してくる。
小さなテーブルを挟んだ位置に椅子も持ってくるとそこに座って、いくつかの箱を積み上げた。
どうも色々な種類のゲームの箱らしい。
レッドはキラキラした目で言う。
「普通の子供なら、夜更けまでゲームをしたり、おしゃべりをして楽しく過ごすのに、私は今までそういうことをさせてもらえなかったんだ。だから、今その時間を取り戻そうと思ってね。いろいろ揃ってるんだ。ゲームは何がいい?」
「あのな、そういうのができるのは油代を気にしない金持ちだけだぞ」
「満月の夜だってあるだろう? シルフィーユも子供の頃は裕福では無かったが、そうやって友達と遊んだと自慢していた」
「じゃあ、シルフィーユと遊べばいいじゃないか」
レッドは白い目をした。
「分かってないなあ。シルフィーユは立派な騎士だが大人だぞ。真剣に遊ぶわけがない。その点、キャズなら手を抜いたりしないだろう。負けたらムキになってもう一回というタイプだ」
ああ、そうですか。そのとおりですよ。
私は一つの箱を選び、残りの箱を床に置く。
レッドに向かって宣言した。
「じゃあ、お望みどおり、ボッコボコにしてやんよ。一切手加減しねえからな。覚悟しろよ」
それから、私の選んだゲームで対戦する。数本の棒を同時に投げて、その重なった形でコマを動かすやつだ。
私の使っていたものより上等な品で最初は勝手が違ったが、すぐに慣れる。
このゲームでは、棒の投げ方も大切ではあるが、コマの動かし方も良く考えなくては勝てない。
大勢で遊ぶときは偶然の要素も大きいが、一対一なら技量がものをいった。
五回対戦して私が四回勝つ。唯一負けたときも惜敗だった。
レッドはぐぬぬと悔しがっている。
実に気分がよかった。
「ははは。やはり僕の大勝だね。もう一戦お願いしますと言うなら相手をしてやってもいいけど、またレッドが負けるだけじゃないかなあ」
私が胸を張ったタイミングで、魔法球の明かりが明滅する。
レッドは忌々しそうな顔をした。
「いつまでも遊んでいるから、明かりを消す実力行使をするつもりだ。仕方ない。ゲームはお開きにしよう」
レッドは渋々と棒やコマを片付ける。
「まあ、これからもゲームをする時間は取れるだろう。君が得意じゃないゲームだってあるだろうし。さあ、ベッドに行こう。うちの魔術士は容赦ない。消すときはためらわないからね」
「……僕はソファでいい」
「何を言ってるんだ。明かりが消えたら、次は頭を寄せてひそひそ話をするつもりだったんぞ。ベッドとソファじゃ大きな声じゃないと聞こえないじゃないか」
怜悧な王様は消えて子供時代を取り戻そうという悪ガキがいた。
ただ、ひょっとするとベッドに上がると豹変して襲ってくるのかもしれない。
そういや、守り刀を取り上げられちゃったんだよな。
まあ、いいか。
ぼろ勝ちして気分がいいから受け入れてやるよ。
レッドが来なければ、同じ結果になっていたんだ。しかも、向こうは汚い床の上なのに対し、こちらは王様がお休みになられるベッドときている。
ただ、陣中ということなのか、王様用とはいえ天蓋もついていないし、ものとしては割と簡素なように見えた。
大きさだけは十分広い。
レッドがするのを真似をして、私もベッドに飛び乗った。
ぼよん。柔らかなマットレスは優しく私を受け止める。
清潔なシーツにふかふかの枕が私を包みこんだ。ふああ。なんと心地よいのだろう。まるで雲の上に居るみたい。
なんだかすごく眠いや。
今日一日の疲れが出てきたのか、急に襲ってきた眠気に目を開けていられない。
レッドが何か言っているが、生返事をしつつ眠りに落ちてしまった。
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