第10話 侵略行為への非難

 陣営内に何百人という手下がいる相手に逆らえるわけがない。

 私はレッドの後ろをとぼとぼとついていった。

 大きな天幕に入ると、がなり声が聞こえる。

 レッドはすたすたとそちらに向かった。


 中に入ると精悍な顔つきの騎士が、頭にてかてかと汗が浮いた太ったおっさんを宥めている。

 騎士はレッドに気が付くとおっさんに向かって言った。

「陛下ですぞ。少しは声をお控えください」

 太ったおっさんはハンカチを取り出すと顔と額の汗を拭く。

 形ばかりの敬意を示すとレッドに声を張り上げた。


「これはこれは、コンスタブル王国の新国王陛下でいらっしゃいますな。お初におめにかかります。アヴァロニア自由都市の外務官ネルソンズと申します。早速ですが、此度の騒ぎはどういうことなのです? 我らが自由都市は不可侵のはず。このままでは他の国々にも顔向けができません」


 アヴァロニアがどこにも所属しない自由都市というのは、近隣の三国のバランスの上に成り立っている。

 要はどこかの国が支配下に置こうとしたら、残りの二か国が合同で反撃を加えるということだった。


 私の後ろに立つシルフィーユが私の耳に囁く。

「あのおっさんの発言はルフト同盟とマールーンに頼んで仕返しするぞという脅しですね」

 さすが偉い人同士の回りくどい言い回し、面倒くさすぎて意味が分からなかった。

 解説どうもありがとう。だけど、騎士団長が私の世話を焼いていていいのかしら?

 そもそもなんで私をこんなところに連れてきたんだ?


 シルフィーユさんが私の疑問への答えを囁く。

「陛下の見事な修辞技法と弁論、とくとお聞き下さい」

 ひょっとして人の心が読めたりすんの? ちょっと怖いんだけど。

 まあ、他にすることもないし仕方ないから見てますよ。

 頑張れ、レッド。

 背中に向かって心の中で声援を送る。

 

「ネルソンズ殿。私に用があるとのことだったが、発言の趣旨がよく分からないな。どうも非難をされているらしいというのは分かるが、そのようなことをされる謂れはないぞ。我が国が何をしたというのだ?」

 ネルソンズの顔に冷笑が浮かんだ。

「言うに事欠いて、そのような言辞をなさるとは。陛下はまだお若くていらっしゃる。お分かりにならないというのなら、はっきりと申し上げます。我が都市への侵略行為についてお話をしているつもりです」


 レッドは落ち着き払って人を食った返事をする。

「侵略行為? はて、ますます分からなくなったな」

「陛下。とぼけるのも大概にしていただきましょう。城壁を乗り越えて侵入し、都市の一部を破壊し、多数の市民を殺傷して、財産を奪った。これを侵略と言わずしてなんと言うのです?」

 うん。まあ、普通は侵略と言うな。レッド、どう反論するつもりなんだ?


「では、逆に問おう。ネルソンズとやら。貴公に親しい友人が居たとする」

 耳元に解説の声。

「仮にという言葉に強調を置いたのは、お前にはいないだろうけど、ってことです」

 確かにこのおっさんは親友とかは居なさそうだけど、それを遠回しとはいえ指摘するのは、本当にえげつねえなと思う。

 レッドは一拍おいてから言葉を続けた。


「その友人がその意に反して囚われていると知ったら、さてどうする?」

「それは……」

「もちろん行動あるのみだ。どれほどの費えがかかろうとも救出の労を厭わないのが友人というものだ」

「はあ。陛下のご高説は承りましたが、その話が我が国への侵略とどうつながるのか、非才の身にも分かるようにご説明いただけますかな」


 レッドは急に振り返り、私のことを見つめ手で示す。

 注目を浴びるのは恥ずかしいんですけど。

「そこに居るのは我が友人のキャズだ。器用な指先を生かして日々の糧を稼いでいたのだが、そんな生活に嫌気が差してね。別の町への移住を希望していた。しかし、その稼ぎを惜しむあまり強制的にアヴァロニアに留められていたのだよ。だから、私は友人を助け出すことにした。それだけのことだが?」

 私を連れてきたのはこのためか。


 耳元に囁かれる声。

「スリと言わないところに奥ゆかしさがありますね」

 指摘するのそこ?

 ネルソンズはまくし立てる。

「仮にそうだとしても、我が国には我が国の法があります。まずは我が国の責任において救出を依頼をするのが筋でしょう。いきなり兵を発するなど言語道断です。これだけの被害を与えておいて、友達を助けるためだと、詭弁を弄するのも……」


「先ほどから被害、被害と繰り返しておられるな。ならば貴国の被害者の住民とやらを連れてこられよ。そんな者はいるはずもないがな。我々が相手をしたのは勝手に貴国に住み着いていた不法滞在者であり、その者たちが不法に蓄積していたものを接収しただけだ。それとも、貴国は合法不法を問わず滞在者全員をアヴァロニアの名において保護するというのかね。ならば、私がその話を全世界に広めようじゃないか。さぞかし移住希望者が殺到するだろうな」

 

 ネルソンズは真っ青になった。そんなことになったら何万、何十万の食いつめ者がアヴァロニアへやってきて都市の秩序が崩壊するだろう。

 私もその一員だったから不法滞在者と断じられるともやもやするが、実際その通りだし、税金も払っていなかったから反論もしにくいな。


 さらにレッドは追い打ちをかけた。

「さきほど、貴国内での犯罪行為には貴国の責任で対処すると言ったな。ならば、半年ほど前の誘拐事件の犯人四人を捕らえてきてもらおうか。犯人の特徴は後ほど文章にして渡そう。大言を吐いたのだから期待しているぞ」


 ネルソンズは震える手で顔じゅうの汗を拭きながらも問いかける。

「その被害者は今どこに? 被害者を連れてこいというのは、陛下の言ではありませんか。仮に我らが犯人を捕らえても面通しができなければ、如何ともできますまい」

「つまらぬ心配をすることはない。被害者はお前の目の前にいるこの私だ。さて、この落とし前をどうつける?」

 レッドの冷たい声が響き、ネルソンズはもう失神寸前だった。

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