第9話 久しぶりの食事
ひときわ豪勢な天幕に向かって連れていかれる。
その周囲には完全武装の兵士が大勢いた。いくつものかがり火が焚かれていて、夜の暗さを感じさせない。
兵士は私のことを咎めることはないが、興味津々という感じで観察している。
周囲にはどう見えているんだろう。
シルフィーユさんはきりりとした美人だから、新たに雇った従者ってところかな。
夜も色々とお世話します、みたいな。
うわあ、男の中に混じって生活をしていたので我ながら発想が下品だ。
兵士たちはシルフィーユさんに対しては恭しく接している。
ひょっとすると地位が高いのかな。
「ちょっと聞いていいですか?」
「なんです?」
「シルフィーユさんって、役職はなんなんです?」
「白羊騎士団の団長を務めています」
返事に胃が重くなった。
レッドのやつ、騎士団長に使い走りさせるなよ。しかも、私なんぞ相手に。
シルフィーユさんはちらりと私に視線を落とすと、心の中の声に対する答えを言う。
「剣の腕は誰にも負けぬつもりだが、まあ、これでも女性だからね。陛下も気を遣われたのだろう。さあ、着いた」
シルフィーユさんの顔を見て、兵士が天幕の入口の厚い布をめくりあげた。
軽く頷いてシルフィーユさんが中へ入る。
私も澄ました顔でその後ろに続くと、天幕の中だというのに明るかった。
明るい光を放つ魔道具がぶら下がっており、椅子に座るレッドを照らしている。
シルフィーユさんは踵を合わせると敬礼をした。
「陛下。ご命令のとおりキャズ殿をお連れしました」
レッドは手にしていた紙から目を上げる。
「ご苦労。まだ、用事があると思うので外で待っていてくれないか。いや、忙しい団長を拘束してはいけないな。通常任務に戻ってくれ」
「はっ。御用があればお呼びください」
シルフィーユさんは天幕を出ていき、私はレッドと二人きりになった。
「私は、眼力には自信があるんだ」
レッドは右の拳を目の前に持っていき、人差し指と中指で自分の両目を指し示す。
「前に私が言ったように、やっぱり君は顔がいい」
「そんなことを言うために湯あみをさせて呼んだわけ?」
レッドは紙を椅子の上に置くと立ち上がって近づいてきた。
体を屈めてスンスンと鼻を鳴らす。
「すっかりいい匂いになった。食事の前にはさっぱりしたいだろうと思ってね」
レッドは私の手を取ると下がった垂れ幕を除けて、その向うの区画に案内した。
クロスのかかった四人掛けの四角いテーブルが置かれ、二人分の食器が用意されている。
テーブルの端には花をいけた花瓶が置いてあった。
レッドは椅子を引くと私に座るように促す。
「さあ、どうぞ。君は客人だ。先に座るのがマナーというものだよ」
私が着席するとレッドも私の右隣りの席に座って、小さなベルを振った。
奥の垂れ幕がさっと開くと料理が運ばれてくる。
新鮮なグリーンサラダには細かく擦り下ろされたチーズがかかっていた。野菜の種類も五種類はある。
その横の涼し気な器には茹でた海老をクリームであえたものが乗っていた。
バスケットに布を敷いた上には二種類のパンが山盛りになっている。
「肉料理は焼き立てを持ってきてくれることになっている。先に始めよう」
私は遠慮しなかった。
この後何をするつもりなのかは分からないが、この食事をしようがしまいが結果は変わらないだろう。
だとすれば食べた方が得だ。
それに、いざという時に備えて食べられるときに食べておけというのが、ネズミの巣での教訓である。
どれもこれも美味かった。
餌ではなくて食事とはこういうものをいうのだとしみじみ思う。
食事をしながら、レッドがこの間何をしていたのかの話を聞く。
「あのとき、愛人の子と言ったのは事実だ。私には正夫人から生まれた兄が居てね。後から分かったのだが、私が誘拐されたのも兄の差し金だったというわけさ。大人しく身を引こうと思っていたんだけどね、君に言われた言葉が妙に頭の中で響くんだ。だから、密かに軍を募り戦いを挑んで兄を捕らえたよ。私に譲位させてから追放した」
「こう言ったらなんだけど、飯時に聞く話じゃないと思うんだけど」
「何があったのか知りたいって言ったのは君だぜ」
「とりあえず、国を奪ったというのは分かった。上出来じゃないか。お上品なレッド坊やにしてはよくやったよ。でも、簒奪者とか言われてるんじゃないのか?」
「まあね。でも、その声はあまり大きくない。兄はあまり評判が良くなかったからね。女とみると見境が無かった。人妻だろうが、許嫁がいようがね」
ウサギ肉の玉ねぎソースがけが運ばれてきたので会話が中断した。
切れはしや、脂のところ以外の肉なんて前にいつ食べたのか覚えていない。夢中で食べた。
「いやあ。考えたら僕はネズミの巣のときからレッドの食事のおこぼれを貰うばかりだな。もちろん味は全然比べ物にならないけどね。美味しかったよ。恩返しとしちゃこれで十分だ」
レッドは残念そうな顔をする。
「この後、木苺のタルトを用意していたんだが、もう入らないかな?」
は? そういう大事なことは先に言えっての。
「折角の心づくしだ。無駄にしちゃ悪いな。もちろん、頂くよ」
三年ぶりに食べた甘いものは、比喩抜きで涙が出た。
食後のお茶を飲んで胃を落ち着けながら、そろそろ潮時かなと考える。
「レッド。本当に君は義理堅かったんだな。あのときは毒づいて悪かった。しかし、王様というのは忙しいんだろ? 僕にかかりきりになるのは申し訳ない。親切ついでに、少々金をめぐんでくれないか。そして、部下に命じて僕をどこか遠くの町まで送り届けてもらえるとありがたいんだが。そうだな、タンダールとか」
レッドは微妙な顔をした。
「今はやめておいた方がいい。あちらもゴタゴタがあるからね」
「あっそう……」
「それに、そんなに急ぐことはないだろう」
そこへ外から声がかかる。
「陛下。お食事中に申し訳ありません。アヴァロニアの外務官がどうしても直接に話をさせろとのことです。ご足労願えませんか?」
私が「ほらね」という顔をしてみせると、レッドは大儀そうに立ち上がった。
なぜか私の後ろに回り椅子を引く。
「まだまだ話をし足りないよ。厄介ごとが片付いたらすぐに話を再開できるように一緒についてきたまえ」
はい?
さあ早くと促され、私も腰をあげるしかなかった。
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