第7話 最低最悪の日

「私は本来紳士なんだ。乱暴なことはしたくない。だけど、君がいつまでもつれない態度だと我慢ができなくなりそうだよ」

 紳士は手に生首なんて持ってないだろうが。

 私の無言のつっこみに反応したわけではないだろうがノールは手にしていた生首を投げ捨てる。

 それはネズミの巣の底へと音もなく消えた。


 私は守り刀を引き抜く。

 ノールは舌なめずりをした。

「そうか。君は悪い子だね。悪い子にはお仕置きをしなくちゃ」

 私は目をつぶって、デカい黄色と黒の縞模様のハチを思い浮かべる。


 体の自由を失わずに呼び出せるのは三匹が限度だった。

 ハチに出口への道を塞いでいる男たちを襲わせる。

「どこから来た?」

「うわっ!」

「いてえっ!」


 ある者は顔を庇ってうずくまり、別の者は慌てて足を踏み外し第二層へと落ちていった。手足を振り回してハチを叩こうとしている男は集中砲火を浴びて顔が腫れあがり倒れる。

 今だ!


 余裕が無いので、飛び去ったように見せかけることもせずハチをその場で消すと、私は出口に向かって通路を走った。

 退路を塞いでいた男たちのいた場所を走り抜けようとしたときに足を払われてビタンと無様に倒れる。


 起き上がろうとするが、誰かに背中を膝かなにかで押さえられて自由がきかない。

 走って追いかけてきたノールが嬉しそうな声をあげた。

「本当に君は悪い子だね。ここでお仕置きをしてあげよう」

 ズボンが落ちないように縛っている紐がほどかれ引き抜かれる。

 闇雲に蹴ってみたが当たらない。

「クソがっ!」

 叫ぶが虚しいだけだった。


「はは。いいぞ。もっと抵抗してくれ……」

 その瞬間、ドンという音とともに地上へと続く扉が吹き飛び炎が見える。

 そして、眩いばかりに磨き上げられた金属鎧を身に着けた戦士が続々と入ってきた。

 その後ろから光の玉が宙に浮かび辺りを明るく照らし出す。


「ターゲット発見。保護します」

 戦士が叫ぶと私の方へと駆け寄ってきて、背中に乗っていた男を蹴り飛ばした。

 別の戦士が私の手を取って引き起こしてくれる。

 振り返るとノールがズボンを引き上げながら慌てて立ち上がろうとしているところだった。


 戦士が難なく腹に拳を突き入れてノールを這いつくばらせる。

 ざまあみろ。

 ふと下を見ると私のズボンもずり落ちていた。

 大きなマントが私に巻きつけられる。


「ターゲットは軽傷。後方に搬送する。神官は呪文の準備を!」

 叫ぶ声は女性のものだった。

 声を出していた女騎士が私を抱え上げ、私を安心させるように言う。

「心配するな。私は女性だ。何も変なことはしない。だから暴れるなよ」

 あれよあれよという間に私は地上へと運び出された。


 そこにはローブを着た女性が居て、転んだ時に擦りむいた私の手に革袋の水をかけると、呪文を唱える。

 手のヒリヒリとした痛みが消えた。ギルの呪歌の何倍も早い。

 私を運ぶ女戦士にも水がかかったが気にする様子は無かった。

 そのまま外に出る。

 

 細い街路も松明を持った人で一杯だった。

 女騎士が進むと人々は道を空ける。

 外壁の近くの広い場所に着くと、一団のまとまった人々がいた。

 その近くに女騎士は私をそっと下ろす。


 周囲の制止を振り払って、一団の中の一人が駆け寄ってきた。

 私の目の前に立つと得意げな顔をする。

「言っただろ。私は私の名誉にかけて恩返しをすると」

 レッドが凝った意匠の鎧を着て立っていた。


 急な展開過ぎて、何が何だかさっぱり分からない。

 私はこの混乱状態の中で精一杯の虚勢を張る。

「は? レッド。あんた何様のつもりなの? ここは自由都市アヴァロニアなんだぞ。こんなに一杯の兵士と一緒に入ってきちゃって、タダで済むと思ってんのか? 頭おかしいんじゃねえの?」


 ふっとレッドは笑った。

「相変わらず威勢がいいことだ。確かにその忠告は聞き入れた方が良さそうだな」

 後ろを振り返って一団の人々に命令する。

「全員撤収するように命令を出せ」

 数人がネズミの巣の方へと走りながら、撤収と繰り返し叫んだ。


 レッドは鼻をうごめかせる。

「久闊を叙したいところだが……」

「そのまだるっこしい言い方やめろって言っただろ」

 文句を言ってやると苦笑する。


「ネズミの巣では不似合いでも、私の世界ではこれが普通なのでね。キャズ」

 近づいてくると小さな声でささやいた。

「いや、ニアと言うべきかな。これからは君にもこの話し方に慣れてもらうよ」

 さすがに私の本名を出されて絶句する。

 あはは、と楽しそうにレッドは笑った。


「君でもそんな顔をするんだね。その顔を見られただけで、こんな騒ぎを起こした甲斐があるというものだ。さて、私は約束を果たすつもりだし、君との友情は大切にするつもりだ。だけどね。君は酷い臭いだよ。まずは身体を隅々まで清めたまえ。その後で一緒に食事をしながら話をしようじゃないか」


 ペースを握られっぱなしで業腹な私はレッドに叫ぶ。

「ちょっと。いい気になってんじゃねえよ。あんた何者なんだ? 僕の質問に答えろよ。さもなきゃ、梃子でも動かないからな」

 両脚を踏ん張って立った。


 背を向けて歩き出そうとしていたレッドが振り返る。

「それも、後でゆっくりと話そうと思っていたんだけどねえ。ま、いっか。私はコンスタブル王国の国王レッドワルトだ。でも、君は今までどおり、レッドと呼んでくれて構わないよ。むしろその方がいい」


 嘘だと叫びたかったが、レッドが向かう一団の後ろにはへんぽんと大旗が翻っていた。

 赤地に金色で二匹の狼が刺繍されている。

 公正と高潔を司る戦神ヴォーダンが従える戦狼をかたどったそれはまさしくコンスタブル王国の国旗だった。

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