第6話 求めていたものは
3日後、私はあの街に来ていた。一人暮らしをしていたこの街へ。どうか保育園から連絡がこない様にと祈りながら、私は意気揚々と張り紙があったはずの街の掲示板へ向かった。
ところが、ニャン太の募集の紙は貼ってなかった。思わずスマホで日付を確認してみたけれど、間違いないはずだ。私は戸惑った。もしかして、私が過去に戻ってきたせいで何かが変わってしまったのだろうか。
そうだ。保護していた人の元に行けば何かわかるのではないか。私は走った。よく覚えてないその道を探し回った。
「にゃん太!にゃん太!」
呼んでも、まだにゃん太はわからないことはわかっていても呼ばずにはいられなかった。歩くのが辛くなるまで駆け回った。
「にゃん太。嘘。にゃん太。」
やっと、出会えると思ったのに。あの優しい猫に。あの子がいれば、優花ももっと大人しくなるかもしれない。そしたら私も優しくなって、夫にも優しくなれるはずなのに。
「にゃん。」
かすかに、声が聞こえた。私は住宅街に迷い込んでいた。その出窓に黒猫がいた。
「にゃん太!」
間違いない!にゃん太だ。私が間違えるはずがない。私は迷いもせずその家のインターフォンを鳴らした。
「はい。」
「あ、あの、にゃん太が、私の猫が!」
「猫?あ、もしかして、野良猫だった時に、かわいがってくれてた人ですか?」
「あ、いえ、その、はい!そうです。そうなんです。」
「ちょっと待っててください。」
そう言って白い戸建ての扉が開いた。中から出てきたのは、朧月小夜さんだった。私は息を呑む。
「どうしました?」
「…朧月さん…?」
「嘘!知ってくれてるんですか?わー光栄!」
忘れるはずもなかった。私はこの人生になってから、小説からできるだけ距離を置こうと思ったが、そうもいかなかった。夫が、小説の編集者だからだ。そして、何の因果か朧月さんは、夫の、担当だ。今やかなり売れっ子になっている。
「あ、その。お、夫がお世話になっています。」
「え?夫。」
「私、冬賀晴香と申します。」
「冬賀さんの!ああ、そういえば聞きました。近々猫を飼いたいと奥さんが言ってるって。もしかして、うちの子でした?」
「あの、その、でも…。」
「立ち話もなんだから上がって行って。ルナが見たいんでしょう。」
「ルナ?」
「そう。真っ黒で新月みたいだから、ルナって名前にしたの。ほら、私も朧月小夜、って名前だしいいかなと思って。」
そういって、朧月さんは家に上がるように指示する。スリッパも特に出されなくて、私は走り回った自分の靴下が部屋を汚すんじゃないかと心配になった。
「どうぞ。」
扉を開くと、キャットタワーににゃん太がいた。
「にゃん太!」
思わず声をあげると、驚いたのかにゃん太はどこかへ行ってしまった。
「ああ、ごめん。あの子ビビりみたいで。」
そう。にゃん太は新しい人がくると、必ず最初は隠れるのだ。
「1か月前かな。たままたあの子を助けた子が飼ってくれないかって。初めてなのにすごく懐いてくれてね。そのままうちの子になっちゃった。誰か餌とか上げてたんだと思うってその人言ってたんだけど、それが奥さんかな?」
「いえ、違います。ごめんなさい。急に。」
私は、自分に懐いていないにゃん太に傷ついていた。あれは、もう、ルナなのだ。
「本当に急にすみませんでした。私は、これで。」
「え、お茶くらい出しますよ。」
「いえ、本当にすみません。失礼します。」
私はまた走った。窓辺にいたあのにゃん太は幸せそうだった。前の自分の家よりはるかに広い家でくらしているのだ。
私は何を期待していたのだろう。にゃん太だけではない。もう一度歩めた、この人生に。私の知らない、本当の幸せが待っていると思っていた。もっといい何かがあるんじゃないかと思っていた。
汗だくになりながら、家に戻った。私はキャットタワーを倒し、用意していた猫砂をぶちまけた。
違った。ここにも生活があるだけだった。優しい夫もいて、子供にも恵まれたのに。間違いなく愛しい時間はあるのに、ここにあるのも結局前と同じ、いや、それよりも悪い生活だった。
私はクローゼットに大切にしまっていたあの箱を取り出す。あの、ステッキを取り出す。
「求めてたのはこんなんじゃない!戻して!戻してよ!」
変身ステッキは、再度光った。
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