第5話 そううまくはいかなくて

「うるさい!うるさい、うるさい、うるさい!!」


 思わず声をあげてみれば、また火が点いたように優花は泣き出した。


 あれから4年経った。私は、戻ってきたあの日に受けた会社に受かり、某通信会社に就職した。ホワイトな会社で先輩も優しく事務員としてかなり楽しく仕事で来ていた。

 

 道照さんとも順調に交際して、3年前に結婚し、2年前に子どもができた。優しいコスモスが咲く季節だから優花という名前がいいと道照さんが言った。私も賛同した。


 幸せだった。どこか物足りなさを感じていたけれど、幸せだったのだと思う。今、特に。


 優花は飛んでもない癇癪持ちだった。一度火が点くと泣き叫んで手が付けられない。


「小さい子は大変だと思うけど、さすがにねぇ。」


 とお隣さんにやんわり注意されるほど、泣き叫ぶ子だった。保育園にもうまくなじめず、癇癪を起こしては熱を出すことが多すぎて、私は申し訳なさ過ぎて会社を退職した。


 道照さんは仕事が忙しく、ほとんど家にいない。そういう仕事とわかっているし、彼が彼なりにできるだけ手伝おうとしてくれていることも十分わかっている。


 だけど、耐えがたい。お母さんも時々助けに来てくれるけど、もうノイローゼになりそうだった。先日も一日中泣き喚き、私は思わずその口にガーゼを突っ込んで黙らせたいと思ってしまい、そんな自分に絶望した。


 こんなはずじゃなかった。こんなはずでは。もっと素敵な人生を歩めると思っていた。


「ただいま。」


 道照さんが帰ってきた。私はもう、優花を宥める力などなく、泣き叫ぶ優花を放って、呆けていた。道照さんは何も言わず手洗いうがいをすると、優花を抱きかかえた。道照さんがゆっくり、優花をあやすとすぐに大人しくなった。


「どうして、道照さんだと泣き止むの?」


 私はもう、半泣きでそう言った。


「疲れてるだけですよ。ここからは僕がみますから、ゆっくり休んでください。」


「もういや。」


「晴香さん。引っ越しましょう。ここだともうお隣さんにも迷惑かけますし。」


「そんなお金がどこにあるの!!」


 道照さんは頑張ってくれているけれど、私の収入がなくなって専業主婦になった今、それほど余裕のある暮らしではなかった。でもそれは道照さんのせいではない。怒鳴った自分が嫌になる。


「僕、頑張りますから。」


「そんなことより家にもっと帰って来てよ!一人じゃ無理よ!」


 嫌だ嫌だ嫌だ。


「申し訳ありません。がんばります。」


 こんな自分が本当に嫌だ。こんなはずじゃなかった。


「…ごめんなさい。」


「いいんですよ。」


「ごめんなさい。それでもどうしても猫を飼ってもいいですか?」


「いいですよ。いつでも。晴香さんの自由にしてくれていいですから。」


 家にはすでにキャットタワーとトイレなどが用意されていた。そう、今の私の唯一の心の支えはまた、にゃん太を飼うことだった。にゃん太とあった日を私は忘れていない。3日後のあの街で、チラシが貼ってあったのだ。保護猫の。それがにゃん太だった。


 どうしても、にゃん太に会いたかった。にゃん太さえこの家に来てくれればすべてが解決するように思えた。私はすがるように心の中で何度もニャン太の名前を呼んでいた。

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