第7話 私はいらなかった
気が付くと、私は6畳一間のあの家に戻ってきていた。
「ふみゅん。」
にゃん太が心配そうに私の足元に頭を擦り付けている。
「にゃん太!」
私はにゃん太を抱きしめた。最初は大人しく抱かせてくれたが、少しすると両腕で思い切り顔を押し返された。諦めて、にゃん太を手放す。
スマホの日付を見ると、最後に記憶していた日にちのままだった。午後4時。時間なんて経ってないようだった。
夢だっただろうか。そんなはずはない。初めて道照さんとキスした日も、優花を生んだ時のとんでもない痛みも、私は全部覚えている。間違いなく愛していた。愛していた、それでも、私は戻ってこれた今に安堵していた。
次の日、私は普通に、コンビニのバイトに出ていた。もう一つの人生で4年暮らしていた。それでも、8年やっていたルーティンを私は忘れていなかった。今日は休日だというのに、人の入りが少ない日だった。佐藤君がやっている品出しを手伝おうと、レジから出ていく時、その3人は現れた。
「一つだけなら、好きなお菓子買っていいぞ。」
男性が言う。
「やったー!」
少女が言う。
「優月!走らないの!」
女性が言う。
私の目の前に現れたのは、道照さんと、朧月さん、そして見知らぬ少女だった。
「パパァ、やっぱり二つ買ってー。」
「仕方ないなぁ。」
「またそうやって甘やかす。ダメよ、一つだけ。」
「え!やだやだ!絶対やだ!」
「優月。」
優月と呼ばれる少女は今にも暴れだしそうだったが、朧月さんの一言でピタっと止まった。
「じゃあ、パパと二人で一つ決めようか。」
「はーい。」
あれは、優花だ。私はなぜか確信した。姿形は少し違うのけれど、間違いなく優花だと晴香は思った。
「あの。」
そうか、優花は、道照さんを選んで生まれた魂だったのかと私はぼんやり思った。
「すみません!レジお願いできますか!」
「あ、はい、すみません!」
朧月さんがかごをレジに置いていた。全然気づかなかった。
「あの、大丈夫です?」
朧月さんが心配そうに聞いてくる。私の商品をレジに通す手が震えているからだ。
「どうかしましたか?」
道照さんも心配そうに聞いてくれた。私は何とか手を動かそうとして、手元に水滴が落ちてきた。
「お姉さん、泣いてるの?」
優月、と呼ばれる少女が私を見上げてくる。
「すみません、レジ変わります~。」
何かを察したのか、佐藤君がレジを変わった。
「鈴木さん、裏言っててもらっていいっすよ~。」
佐藤君は手際よくレジに品を通していく。
「1234円になります。」
「あ、バーコードで。」
「はい。レシートいりますか。」
「大丈夫です。」
「ありがとうございましたー。」
そういう一連の流れを、私はただぼんやり見ていた。道照さんたちはそんな私を不思議そうに見ながら、コンビニを後にした。
「鈴木さーん、すーずきさーん。」
「あ、ごめん、なさい。」
「人少ないんで、とりあえず裏入ってもらってていいっすよー。はい。」
そう言って佐藤君は、どこかでもらったであろうポケットティッシュをよこしてきた。
「ありがとう。」
「いいえ~。」
私はよろける足取りで、バックヤードに戻った。バックヤードの監視カメラに、車に乗り込む道照さんたちが映っていた。
車も買ったのか。そうか。彼らはきっと今、私の時より幸せだ。そう思うと、より一層涙がでた。佐藤君からもらったティッシュで必死に涙を拭く。
「鈴木さ~ん。」
「あ、はい、ごめんなさい、迷惑かけて。」
「今、次のシフトの奴に声かけたら~、今から来れるって言ってるんで、鈴木さんかえって大丈夫っすよ。あ、タイムカードちゃんと時間になったら俺がやっとくんで~。」
「そんな、悪いわ。それにやっちゃいけないことだし。」
「鈴木さんは~、いつも俺らより働いてくれてるんでたまにはいいじゃないっすか~。大丈夫っす。店長に何か言われたら、俺が説得するんで~。」
「だけど…。」
「体調悪い時くらい、頼ったっていいじゃないっすか~。ほら、帰った帰った。」
佐藤君は私の涙を、体調不良と思ったのだろう。心に温かい火が灯る。佐藤君は優しい人だった。
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