第2話 せいはんたいのふたり

青色の炎が、暗闇を溶かしながら部屋の中を彷徨う。その炎を追って巡らせた視線は、文机に腰掛ける青年とかち合って。

「え、なに」と、青年──僕の顔をしたソイツは目を剥き、太々しく足を組み直した。


「……あー、わかるわかる。しょうがないよな。こんな陰毛みたいな天パに生まれちゃったら、俺も死にたくなるもん」

「初対面でけっこう凄いこと言う……」


先に断っておくと、僕は自分の髪質を儚んで死を願ったわけではないし、そもそも僕の天パは人並みだ。陰毛とか言われるほどのものではない。断じてだ。

青い顔で詰め寄れば、『僕』はまた、こちらを心底馬鹿にしたような表情で鼻を鳴らす。こんな憎たらしい表情できたのか、僕。自分の良くない方面へのポテンシャルに慄きつつ、この惨状に至った経緯を回想する。

色々あって諸々に耐えられずメンタルブレイクし、自殺を図った半日前。目が覚めたら、身体を乗っ取られていました。

回想終わり。

そんなこんなで、自殺に失敗(?)し、中途半端な幽霊状態で現世を彷徨ってる僕。僕の身体に入っている誰かさんも、言動から推測するに、望んで僕の身体を乗っ取ったわけではなさそうだけど。


「繝「繝シ繝峨l縺」縺ゥ」

「今なんと?」

「俺の名前」

「いや、それ以前の問題くさくてだな」


心底気持ちの悪い音を口から発した『僕』に、思わず目を見張る。聞き覚えのない言語だ。古代ルーンか、未開の呪文か。身構えれば、やや於いて、ああ、と合点の行ったように目を見開き、「イガタマコト」と発音した。


「イガタマコト」

「今度は聞き取れた?」

「ああ……」

「気抜くと出ちゃうからダメだねこりゃ」


尚も鼻につく所作で肩をすくめるイガタマコト。

言語については一通り学んだが、先刻の発音は聞いたことが無い。


「……僕の名は、」

「あー、そう言うの良いわ。お前の名前は故あって知ってる。な、クルクルモーガンくん」

「クルクルは余計だ。どれだけ天パが嫌なんだ」


なんだか本当に頭が痛くなってしまって、窓の外を眺める。

月がきれいだ。


「というか、君。その格好?」


こめかみを揉みほぐし、改めてまじまじとイガタマコトを観察する。リフレッシュ後は視界が開けて、新たな景色が見えてくる物である。

そう言うわけでイガタマコトを見つめてわかった事は、彼の服が汚れている事。白のブラウスの袖や裾に、点々と赤い染みが散っている。

何というか、こう、とても事件の香りがします。


「再現」


僕の視線追うように、自分の袖を持ち上げるイガタマコト。

パチンと指を鳴らせば、次の瞬間には彼の服は真っ新な新品になっていたし、ついでに青い炎も消える。代わりに室内灯の温かな明かりが空間を照らした。

何か重要な証拠隠滅現場を目撃してしまった気がするが、自分の指先のように魔術を使う男だと思った。一連の動作を、こうも簡単にやってのけるのは至難の業である。僕らは普通、紋様や呪文と言う段階を踏んで魔術を行使するからだ。

彼の魔道士としての才能に慄きつつ、僕は、「再現?」と復唱する。


「そう、俺がこうなったときの」

「……?」


首を傾げるも、答えはない。

ちらと足元へと向けられた視線は、ただただ虚空を眺めている。


「とにかく、再現してみればビンゴ。俺をこんな目に合わせたかもしれない身体の主も引き寄せられたわけだし」

「……君が、僕を呼び戻したのか?」

「そうだよ。いや、人為的な自然発火に死者蘇生。何でもありなんだ、ここ。ハリーポッターとか居るの?」

「なに……針医歩っ太……?いや、というか死者蘇生は禁呪だぞ……」

「そうなの?次からは気をつけるね」


いや、この場合ワンアウト処刑コースだ。次とかは無い、決して。

魂や生命などの神秘に干渉する魔術。人の尊厳を侵しかねない魔術。この2つは総じて禁呪である。

これはイロハを学ぶより前に、誰もが叩き込まれる常識である。その点に於いて、イガタマコトは幼児以下という事になる。

加えて、先刻の意味不明な発話。

その場合あの魔術の習熟度に説明がつかない気がするが、これだけ材料が揃っているのだから、外れ値的な要素は除外する。

この信じがたい現状を踏まえて俺は、昔同期に聞いた話を思い出していた。


「『来訪者』?」

「異世界に飛ばされてみたってやつぽくて……って、なに?俺がよそ物だって言いたいわけ?それはそうだけどもうちょっと言葉を選んでくれても……」

「違う、違う!」


今度はあちらが目を丸くする番だった。ドブっぽい翠色の目が見開かれる様は、実に良い眺めだ。僕の顔だけど。


「…………レアケースではあるが、君みたいな症例は稀に確認されてる」

「あー……なに、俺みたいなのが、他にも居るってこと?」

「そうだ」

「まじで?半年くらいこっちいるけど、一度も聞かなかったよそんな話」

「まて」

「つか症例って。こっちではそう言う扱いなの、俺みたいな奴っ」

「まて、今なんて」


いま凄く衝撃の事実を口にしなかったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る