ファーストコンタクト

西順

ファーストコンタクト

 2年後に地球に小惑星が衝突する。


 まだ夏休みに入る前の7月の話だ。NASAがそう発表したのが日本時間で夜10時頃の事で、受験勉強の休憩に台所へ麦茶を飲みに行った時、両親がドラマを観ていたテレビ画面が、いきなりニュースブースに切り替わって、男子アナウンサーがそんな与太話を真面目な顔をして訴えていた。


 NASAの話では、何でも火星と木星の間にある小惑星帯なる場所で、小惑星同士の衝突が起こり、その一つ、直径30kmを超える小惑星が内側に軌道を変えた事で、その小惑星が地球に衝突する軌道をとる事になったのだと言う。


 俺の感想は、映画にそんな話あったな。だ。


 ☆ ☆ ☆


 しかし大人たちにとってそれは大問題だったらしく、翌日の朝からネットでもテレビでも新聞でも、話題はそれ一色となってしまった。


 総理大臣をはじめ国会議員が国会でやり取りする話は、食料備蓄はどうするか? シェルター建設はどうするか? と言った話となり、今や与党も野党も関係無く、この問題に注力しているし、国連は人類史上最大の有事であり、全世界の人間が力を合わせなければ乗り越えられない。と訴えてくる。


 それでも俺の周りの日常は平常運転で、父は普通に会社に向かい、母も当然パートに向かう。俺はいつもの電車に揺られて学校に向かうし、電車の混み具合だってそれまでと変わらなかった。


 そんな日々が1ヶ月と続き、期末テストも終わり、夏休みとなったある日、NASAとJAXAから更なる情報がもたらされた。地球に近付きつつある小惑星の、おおよその落下地点が割り出されたのだ。日本近海だった。


 これには日本政府も上を下への大わらわと言うやつである。かつて恐竜を絶滅させた隕石の直径は10kmを超える程度と言うし、隕石で出来るクレーターの直径はその10倍だと言う。日本に落ちる小惑星の直径が30kmだとすれば、出来上がるクレーターの直径は300km、東京から名古屋までの距離に相当する。海に落ちるなら当然津波も起きる訳で、恐竜絶滅の隕石で起こった津波が高さ300mとも言われるから、当然それを超えてくるだろう。


 地球の裏側で起こる対岸の火事のように思っていた事態が、実はすぐ横で起き得る現実として、自分たちの前に迫ってきた事に、俺の心の裡はざわつき始めていた。


 ☆ ☆ ☆


 夏休みの間は、受験勉強をしない時間はネットで国会中継を観るようになり、議員たちのあーでもないこーでもないの発言に一喜一憂するようになり、二学期が始まってみると、クラスから数名が引っ越していた。早いな。日本から脱出すれば、すぐには死ぬ事は無いだろうけど、それでも人類は生き残れるのだろうか? と俺は思う。いや、まだ危機感が低いのかも知れない。


 そう感じたのは、友達が急に学校を辞めると言ってきた時だ。どう言う事かと尋ねれば、シェルターの建設に携わった人間は、優先的にシェルターに入居させて貰えると言うのだ。


 その噂は俺の耳にも入っていたが、俺はデマだと思って信じていなかった。それだと、現在の日本の経済を動かしている労働者たちが切り捨てられることになる。そんな酷い話は無いだろう。シェルターを建設するにしても、そのシェルターを建設する人たちの衣食住は、そんな現在の日本を動かしている労働者によって提供されているのだから。だが友達に俺の話は届かなかった。


 ☆ ☆ ☆


 高校3年生の受験シーズンに突入したと言うのに、モチベーションが上がらない。クラスメイトは次々と海外へ脱出するか、またはシェルター建設へと向かい、人数が少なくなった事で、クラスは隣のクラスと合併された。この時点で先生の中からも学校を辞める人が出てきた事に驚いた。皆我が身が一番可愛いのだろう。


 最近ではネットやテレビで、良く南米の話題が取り上げられている。南米が日本から一番遠いからだろうけど、チリなど太平洋に面している国は、その対策に追われているようだ。何せ300mを有に超える巨大津波が押し寄せてくるのだから、当然だろう。これに対して各国から支援が殺到しているのにも、なんだが心の裡がモヤモヤした。逆に日本に支援する国は少ない。滅ぶ国に支援はしないと言う事なのだろう。


 ☆ ☆ ☆


 受験にはあっさり合格した。そもそも受験生の数が少なく、定員割れを起こしていたとの噂が流れていたが、真相は知らない。とにかくこれで春から大学生かと思ったら、大学が休校になってしまった。教授や講師陣から退職願が出ているそうで、大学の運営がままならないのだと言う。国立なので潰れはしないが、色々落ち着いてから授業を再開するとの通達だった。


 さてどうしたものかな。急に暇になってしまった。はたと気付けば街は閑散としていて、人通りは少ない。潰れた店は10や20で収まらず、街全体がゴーストタウンとなっていた。


 対して日本各地のシェルター付近は活況であるらしい。こちらは国から配給される非常食で日々を凌いでいるのに、シェルターが建設されているのが人家の少なかった農村部であった事も幸いして、美味しく新鮮な食べ物で溢れ返っていると言う。


 先にシェルター建設に向かった友達からは、国家事業と言う事で給料も良く、美味いものも食い放題で女子にもモテる。お前も来いよ。と言われているが、既にシェルター建設の人手は足りているので、今更俺が行っても何も出来る事は無いだろう。


 両親は既にシェルター建設現場に行っている。会社やパート先でやる事が無くなってしまったからだ。


 バス会社もとうの昔に都市での運営から手を引き、シェルター建設現場でバスを走らせているし、鉄道会社も運行本数を日に数本に減らしている。環状線の地下鉄なんてもう走ってもいない。


 あれ程人で溢れていた街なのに、繁華街に出ても人とすれ違わなくなった。当然だろう。国から、この地区に住んでいるのは貴方一人です。移住してください。との通達が来たのだから。


 日本の技術力は凄まじく、シェルターは続々と完成していっているようで、日本人の3分の2が海外へ脱出した事で、全国民がシェルターに入居出来るらしい。


 それでも街から離れずにいた。理由は……意固地? ここに来ての反抗期だろうか? 自分でも何でシェルターに逃げ込まないのか不思議に思いながら、駅前の繁華街をぶらついていると、何かが聴こえてきた。耳を澄ませると、それが歌だと分かる。


 政府が街のスピーカーからでも出しているのか? だとしたら何で? それとも誰かの忘れ物のスマホからでも鳴っているのだろうか? そう思いながら歌が聴こえてくる方へ向かうと、人の姿があった。少女がアコースティックギターで弾き語りをしていたのだ。


 キャップを目深に被った長髪の少女は、澄んだ声で朗々と歌い上げ、一曲終わると呆気に取られていた俺へ目を向けた。


「どうだった?」


「へ? あ、ああ、良かったよ」


 俺の答えに満足したのか、少女はまたギターを掻き鳴らしながら歌い始める。俺は彼女の前を陣取ると、その歌声に身を任せるのだった。


 ☆ ☆ ☆


「また来る」


 ギターを仕舞うと、彼女はそれを背負って何処かへ帰っていってしまった。時刻は既に夜で、繁華街だと言うのに、空を見上げれば星々が瞬いている。ああ、そう言えば今日は、NASAが小惑星の衝突を発表した日だったな。そんな事と共に心の裡の不安を一瞬思い出したが、そんなものは彼女の歌で直ぐ様洗い流され、家路を帰る俺の心の裡は温かかった。

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