第三章

区役所の中は非常にきれいになっており、職員たちが休む暇もなく働いている。


職員が仕事をしているのを眺めていたら、


「こんにちは。けがの具合はどうですか?」


「もうこの通り元気ですよ」


如月さんが俺のもとにやってきた。それから俺と如月さんは区長室に赴いた。


「まずはもう一度お礼を、ありがとうございました」


「いえいえ、人として当然のことをしたまでですので」


病室の時のように如月は頭を深々と下げた。


「それと、私たち敬語やめません?年も全然離れていませんし...」


「如月さんがそう言うなら...」


「じゃあ簡単にこの街について説明するね。まずなんで私が区長なんかになっているのかというと...その話をすると6年前に遡るんだけどね、その年はちょうど私が金化人種になっちゃった頃なんだ。最初はすごく怖かったし死ぬという現実を直視したくなかった。当然金化人種になると周りの目も少し変わって、心配してくれる人もいたけど今まで話していた人も話してくれなくなったりしてすごくつらかった。そこで僕と同じ境遇の人と話せるようにネットで掲示板を立ててみたんだ」


「でもそこからどうやってこの街を?」


「それはね、まあなんやかんや4か月ぐらいこの掲示板は賑わってオフ会したりしてどんな人かもわかってきた頃に、金化人種の集落みたいなのを作らないかと言われたんだ。最初は無理だと思ってたよ。でも掲示板の人の数は1万人を超えていてその中に建設業に携わっている人が結構いてね、それで作れるかもっていう希望が持てたんだ」


「最初はどのくらいの人口だったの?」


「最初は7万人ぐらいかな。今は39万人に増加してるけど」


39万人、実際に聞いてみるとものすごい数の人口だ。小さなネット掲示板からここまで発展するなんて想像もできない。


「あとこの地区以外にも金化人種の街があってね」


「この街以外にもあるの?」


「ここ含めて5地区あってそれぞれ第一第二と別れてるんだ。ここは第三地区。他の地区は私が建てたのと別の掲示板から成った街。大体多いところだと50万人超えてるかな」


「金化人種の地区に暮らしていない金化人種の人もいるの?」


「もちろんいるよ。デモ活動とかしている人はほぼ金化人種の街で暮らしていない金化人種の人たちだね。金化人種の街の法律でデモ活動や破壊活動は行ってはいけない取り組みになっているんだ」


初めて聞くことばかりで頭の整理が追い付いていない。実際集落を作ってその集まった人たちでデモ活動をしているのかと思っていた。


「じゃあほかの地区の区長と面会したりも...」


「3ヶ月に1回はするね」


「今のこの金化人種に対する現状を変えようって気にはならないの?」


「もちろん変えるために今いろいろと進行中だよ。まあ、先は長いけどね」


そう如月さんは笑いながら言った。


そして俺は一番気になっていた質問を如月さんに投げかけた。


「この街結構お金持ってそうだけど、どこからそのお金って出てくるの?」


「それは...」


言葉に詰まっている。まさか、俺が考えていた中でも一番あり得ない方法で...


「君には言ってもいいか。実はね、」


すると次の瞬間部屋の扉が開いた。


「お話のところ失礼いたします区長。桑原様のご容体が」


「ごめんちょっとこの話は後で。ついてきて」


俺は言われるがままに如月さんの後についていった。


着いた先はかなりでかい総合病院。街にしては結構でかい。その病院を入って向かった先は桑原という名札が貼られている病室だ。


そこにはほぼ全身黄金でできている人間がいた。


「如月さんこの人は?」


「ああ、この人はこの街を作ろうと言った一番最初の人。そのあと街の建設にも関わってくれていて、金化人種になってもう28年らしい」


桑原という名の男性はゆったりと寝ていた。何も発せず。


「金化人種は死ぬ直前に全臓器が金にさし変わって死ぬんだ。でも桑原さんはまだ臓器はまだ生き残ってる」


「助かる方法は...」


「現状、金化人種が生き延びる方法などない」


これほどつらい現実があるだろうか。如月さんもこの現実と向き合いながら生きているのだろう。


「午後14時48分29秒、息を引き取りました...」


金化人種の人が死ぬところを初めて見た。こんなに静かに死ぬのか。


全身が金になっていてピクリとも動いていない。医師が逝去を確認するために触っているが完全に金になっている。


「錬斗くん、金化人種の人たちの伝わる話って知ってる?」


「知らないです」


「金化人種の人の金にはね、真実しか映さないって言われているの。だから金に映った顔でどんな心境かわかるんだよ」


そういわれ俺は桑原さんの金をじっと眺めてみた。だがまだ俺にはわからない。


「すいません、俺にはまだあまりわからなくて...」


「仕方がないよ、初めて聞いたんだし」


それから俺と如月さんは病室を後にした。そのあと病院にある公園に足を運んだ。


「あそこにいるのが美玖さん、20歳だけど金化人種になって16年。もう先は長くないらしい」


元気そうにしているその美玖さんは四肢が金になっていた。


「で、あそこにいるの夢亜さん。あの人も金化人種になって25年であまり時間が残されていない」


この説明で大体この病院がどんなところなのかがわかった。恐らく先が長くない金化人種の人が入院しているのだろう。


「私はここでいろんな人が息を引き取るのを見てきた。同時に自分もいつかこうなるんだっていう不安感もある」


それから如月さんは一息おいて話し出した。


「桑原さんが死んだ後に言うのもあれだけど、この街の資金の話。実は金化人種で死んだ人の黄金を取引しているの」


まさかとは思ったがそのまさかだった。この街を作るのに莫大な資金がいるのに、それを補えるの金化人種の黄金だけだ。


「でも国とは違って、ドナー登録みたいなのにサインしたら、この黄金は死後使ってもいいですよっていう契約をするの。で、その登録してくれた人たちの黄金を使っているの」


国もその通りに最初からすればいいものを...


「ほとんどのひとがその契約にサインしてくれるの。お世話になったこの街のためになるならって」


「サインしなかった人の黄金は?」


「厳重に保管しているよ。いつでも会えるようにって。完全に黄金になった瞬間人ではなくなるけれど...」


いつ終わるかわからない人生を金化人種の人たちは過ごしている。そしてもともと自分だった黄金を街のためにならと提供できるのはすごく強い人たちだと思う。


「俺も自分がやれることはやってみます。しっかりとした大人になって、この国を変えます」


「君には是非とも区長をお願いしたいんだけどね」


如月さんは笑いながらそう言い、病院を後にした。


その晩、如月さんに紹介された宿に泊まった。


命は平等に終わりを迎える。だが金化人種の人たちはそれが少し早い。時々考える、もし自分が金化人種になっていたらと。幸い自分の周りの人たちはみな優しいのであまり支障をきたさないと思うが、30年が限界となると話は別だ。


国は金化人種をただの黄金としか思っていない。その現状がいけないんだ。


俺はそんなことを考えながら眠りについた。


翌日


俺は今日も如月さんと話すために区役所に赴いた。


「如月さんは政府と面会したことってある?」


「あるよ、何度か。前に言ったドナー登録のような契約でなら黄金を渡せると言ったけれど断られちゃった」


「なんで?国にとっても好都合なんじゃ...」


「多分ここまで金化人種を放置した国に黄金を渡す人なんていないと思ったからじゃないかな?それなら家畜化したほうが儲けが出るし。実際地区にいない金化人種の人のほうが多いしね」


政府がこの提案を断るなら和平を実現する方法はもう残されていないんじゃないだろうか。


「あ、そうだ、錬斗君に見てもらいたものがあるんだった」


そうして区役所から徒歩6分、着いたのは銀行のような倉庫だった。


「ここはこの街で一番重要な銀行兼倉庫みたいなところ」


「ここに何かあるんですか?」


「それはついてきたらわかるよ」


そしてついていった先はすごく大きな倉庫だった。


「えっと、パスワードは、っと」


扉が開いた。すると見えてくるのは何百億、いや何千億程の黄金が大量に保管されていた。


「ここはこの街で死んでしまった人の黄金を保管しているの」


「こんなに、ってことはそれぐらいの死者を出しているってこと?」


「その分街に移住してくる人のほうが多いけどね」


「ねえ錬斗くん、命って何だと思う?」


唐突に投げられたこの質問に俺は少し戸惑った。


「命、ですか...そういわれるとよくわからないな」


「私はね命は消耗品だと思っているの」


「消耗品って言い方、なんか違和感あるな」


「要は使い捨てってこと。じゃあなんで使い捨ての命をみんな大事に取っておいてるかわかる?」


「生きたい、から?...」


「うーんちょっと違うかな。私はね生きるのが義務になっているからだと思うの。誰かは知らないけれど勝手に「生きるのは義務」っていう常識を植え付けているだけ」


「でも生きるのが人間の役目みたいなところってない?」


「その考え方も「生きるのは義務」っていう常識から来てるのよ。私はね、金化人種になった人の話をたくさん聞いてきた。死ぬのが嫌とか逆に虐げられるならいっそのこと死にたいとか。だから私はね、生きるか死ぬかはその人の選択制になってほしいなって思っているの。逃げるのは弱いって考えじゃなくて、勇気のいることだって、伝えたい。もしまだ生きたいって思っているなら、この街みたいに安息の地を、環境を作ってあげて助けてあげたい。錬斗くんとかが考えてるよりかはもっとひどい扱いをされてきているんだよ、私たちは」


「でも、それでも、破壊活動はよくないことだと俺は思う」


「そうだね。いくら扱いがひどくたってそのうっ憤を晴らすために暴力に出るのはよくない。じゃあ私たちはずっと我慢しなければいけないの?」


「それは...」


「だからこそ私は世間の目を気にしなくていい国にするために、金化人種の人が普通に暮らせるように私は日々生きているんだよ」


俺は金化人種ではないから金化人種の人の気持ちなんてわからない。でも命が崩れていくのを感じて生きていくのは、つらいと思う。


「じゃあそろそろ出よっか」


様々な思いが交錯する中、俺と如月さんは倉庫を後にした。


俺はこの状況を打開できるほどの力を持っていない。だから一度家に戻ってしっかり勉強してから、また戻ってこよう。そのためにはまずこの街から離れないと。


俺はこのことを如月さんに伝えた。


「そっか。でもまた来るなら安心だね」


そう如月さんは言った。


出発の日


俺は最初にくぐった門を横目で見ながら如月さんと最後の会話をした。


「絶対また来てよね!それまでにはもっとこの街の魅力を上げてるから!」


「うん、また来るよ。いつになるかわかんないけど」


最後の会話を交わし、俺はこの街を去っていった。


如月さんの金に映っていたものは全て、穢れのないもののように思えた。

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