第8話



 翌日、運良く快晴となり、撮影場所の公園に佐藤さんと向かう。待ち合わせ時間の少し前に着くが見当たらず、ベンチに腰掛けて待つ。本日のお客様である、二歳の女の子、ハナちゃんとそのお母さんが到着したのは、待ち合わせ時間の二十分後だった。




「す、すみません……遅くなりました。」



 撮影前からぐったりした様子のお母さんと、お母さんの腕の中で暴れながら愚図っているハナちゃん。



「いえいえ、大丈夫ですよ。どのお子さんでも気が乗らないことがありますから。」



 そう佐藤さんにフォローされ、ハナちゃんのお母さんは表情を緩めた。佐藤さんは、私へチラリと視線を向け笑顔を見せた。



(上手くいくかは、分からないけれど。)



「ハナちゃん、こんにちは~!」



 少し頑張って明るい声を張る。ハナちゃんは鼻をぐずぐずさせながら、私の手元を見ると目をぱちくりとさせた。





「……にゃんこまん?」



 そう、私の手には、子どもたちに大人気のにゃんこマンのパペット人形が嵌められている。



「そう!にゃんこマンだよ~ハナちゃん、一緒に遊ぼ!」



 ハナちゃんは、もじもじしながらお母さんとにゃんこマンを交互に見ている。お母さんに背中を押してもらい、お母さんと手を繋いだまま、にゃんこマンに近づいてくる。これなら、もう大丈夫。



「どこ行こうか?」



「……あっち。」



 ハナちゃんが指差した先には、すべり台がある。「よーし、行こう!」とにゃんこマンが声を掛けると、ハナちゃんはお母さんの手を離し、走り出した。そこから、ブランコやジャングルジムに移り、思いっきり遊び始めたハナちゃんに佐藤さんはカメラを向けシャッターを切り始めた。





 一時間ほど、ハナちゃんと遊んだ後、撮影時間が終了となる。すっかり仲良くなったにゃんこマンとの楽しい時間が終わり、また愚図りそうになったハナちゃんへにゃんこマンのパペットをプレゼントする。大喜びのハナちゃんだが、お母さんは申し訳無さそうに尋ねた。



「戴いてもいいんですか?」



「はい、こちら出張撮影のお客様がお子さんの時はお渡ししているんです。」



 私の答えに、お母さんもホッとしたようだが、私もハナちゃんの反応に同じくホッとしていた。


 このにゃんこマンのパペット、実は私の手作りである。毎年ある保育園のバザーに向けて、一年かけてちまちま作っていたものだ。……だが保育園を退職してしまい、行き場のない大量のパペットだけが私の手元に残った。



 そして佐藤さんの写真館には、子どもが喜ぶ玩具が古く、最近のものが無い。そこで、昨日私が提案したことが、このパペットを活用したいということだった。



 ”お前の考えなんて、聞きたくない” そんな言葉が耳元で響いていたが、それでも佐藤さんへ提案できたのはどうしてだろう。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る