お前、二度とその面見せんな
「ねぇねぇー何してんのー」
耳にぞわりとした不快感がもたらされた。
全身の毛が粟立って、寒い。さっきまではこんなに冷えてなかったのに全身にドライアイスを押し付けられているようで痛い。
ぐるぐる目の前で景色が回って気持ちが悪くて吐き気がする。
「なんか言ってよー後藤サン」
さっきまでりゅうさんが座っていた席に人が座りました。
思い出したくない。姿を見たくない。声を聞きたくない。心が全力で拒否します。
「あっもしかしてーデート中だったぁー? ごめんねー邪魔してー」
馬鹿みたいに語尾を伸ばして私の精神を嫌というほど削っていく。
喉がカラカラに乾いて口に鈍重な重しがのっているようでした。
「彼ピくんどういう人なのー? また人から奪ったのー? きゃははっ! で次はどうやって奪ったのー? ねぇねぇ後藤――」
「てめぇ何やってんの?」
りゅうさんの声が聞こえた瞬間すっと体が軽くなりました。
一気に呼吸ができるようになって前を向けるようになりました。
りゅうさんの顔を見ると私に向けるような穏やかな顔ではなく、端正な顔は怒りに歪み目の前の人を見据えてました。
「お前確か田中だったよな。ゆうのいじめを裏で工作してた」
「伊藤先輩じゃないですかーいじめなんて人聞きが悪いなーウチは悪い子に制裁を下しただけだよー? 何が悪いのー」
「ペラペラペラペラ口が軽い。お前はすぐに嘘をつく。あの時だってお前と取り巻きしか信じていなかったじゃないか」
「そんなことないよーセンセだってぇ何も言わなかったじゃーん。で! どうだった? 後藤サンのアソコ。気持ちよかったんでしょー? 感想聞かせ――」
ドンっ! と大きな音が鳴りました。
それはりゅうさんがテーブルを叩いた音でした。
「ふざけんな、お前。二度とその面見せんな」
激情が混ざった重く、太い声。厚い鉄板に押しつぶされそうなほどだった。
「っチッ冗談にムキになるなよ」
その人は自分の席に戻っていきました。
その光景を見て私は――
§
俺はお店を騒がしてしまったことをお詫びしてからゆうを連れて近くの公園に来ていた。
田中のクソ野郎はあの時もゆうを苦しめた。そして今も。本当はあいつの顔面を殴り飛ばして、ぐしゃぐしゃにして原型も留めないくらいまで血で歪ませてやりたかった。
「りゅうさん。すいません」
弱く、蚊が鳴くように紡ぎ出された言葉は俺への謝罪だった。
「ゆうは謝らなくて良い」
全てあのクソ野郎が悪い。そしてゆうを守れなかった俺も。
「俺こそごめん」
あの時俺と結城でゆうを守ると決めた。高校に入った後も結城からゆうの話を聞いて異変は無いか確認した。
何もできなかった不甲斐なさに腹が立つ。
「りゅうさん。私のこと好きですか?」
「ああ、好きだよ」
「そうですか……じゃあ私のこと――」
嫌いになってください。
「そんなこと……!」
「すいませんりゅうさん。先に帰らせてもらいます」
涙を流して走り去ろうとしたゆうの手を掴む。話さないようにしっかりと。
「離してください」
「嫌だ。離さない」
「離してくださいっ!」
「嫌だ」
離して、と言う割には強く抵抗しないゆう。それは逆に救いを求めているのではないかと思った。
「もう嫌なんです! りゅうさんやお兄ちゃんにおんぶ抱っこな私が! あんな事言われて言い返せない私が! 大ッ嫌いなんです! それにりゅうさんには私なんかよりよっぽどいい人がいるはずです」
自らを嘲笑するように言う。
「だから早く嫌いになってください」
「それはできない」
それはできないさ。
ゆうの手を引いて抱きとめる。ふわりと花の匂いがした。
「だってゆうのことが好きだから。一緒に歩んでいきたい。ゆうがトラウマなんて忘れてしまうほど俺は君と遊びたい」
それに。
「もっとゆうと一緒にいたいから」
「っ!」
雨が降っていた。ポツポツと地面を濡らしてシミを作る。
俯いたままのゆうの頭を撫でる。
ぎゅっと俺の背中に手が回される。
「ずるいですよ……りゅうさん。そんな事言われたら私、りゅうさんの事が好きって思っちゃうじゃないですかぁ……!」
「幾らでも好きになって。俺もその分好きになるから。全部受け止めるから」
「私で……良いんですか?」
「ああ」
いつの間にか雨はやんでいた。俺を見上げる顔に頬に手を添える。
潤んだ目は黒水晶のようで綺麗だった。それが薄いベールに包まれる。
「んっ……」
ぱちぱちと頭が弾けそうな感触。柔らかい唇が俺の唇に触れた。
この日俺とゆうは幼馴染から恋人になった。
ちょっと無理矢理だったかなぁ。どうだろ。
コメント欄で教えてください。
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