第7話 不信と疑念
ウォレスは思考する。さて、これは何者なのか、と。
ウォレスはエインフェルトを知っている。呪いを受けた子供。その呪いで死んだ哀れな幼子。
5年前、ウォレスは生まれたばかりのエンフェルトと共にこの城へやってきた。それからウォレスはずっとその哀れな王子様の世話をしてきた。
わがままな子供だった。よく泣き、よく暴れた。脚が不自由だったエインフェルトは呪いの痛みや苦しみに泣き叫び、よく癇癪を起して周りの物にあたり散らしていた。
そんな王子様の世話をするのがウォレスの仕事だった。王子様が不満を抱かぬように、機嫌を損ねぬように。
哀れな王子様を労わって、ということではない。エインフェルトの体に封じ込めている呪いを強くしないためだ。呪いを受けたエンフェルトがこの国や周囲の人間を怨めば王家の呪いはさらに強くなる。
強くなるだろう、と考えられていた。だからエインフェルトのわがままは、外へ出たいという願い以外は何でも叶えられた。
そうやって200年以上、この国は呪いを封じ込めてきた。呪いを受けた哀れな忌み子のご機嫌を取り、その死を見届け、そして次の忌み子も同じように閉じ込め、なだめ、死ぬのを待つ。
その繰り返し。
その繰り返しのはずだった。
「エインフェルト様。王妃様からお手紙が届いております」
エインフェルトは死ぬはずだった。今まで通り、同じように。
だが死ななかった。一度死んで蘇った。
さて、こいつは誰だ。とウォレスは考える。
「ありがとう、ウォレスさん。……えっと、ごめんなさい。代わりに読んでくれませんか?」
王妃からの手紙。現国王の妻である王妃マリアレッタから息子であるエインフェルトに宛てた手紙。
ウォレスはその手紙を読み上げる。読み上げながら、思う。
こんなことは一度もなかった、と。
今までもマリアレッタ王妃は月に一度手紙を送ってきていた。けれど、エインフェルトはそれに興味を示さなかった。
当然と言えば当然だ。母と言えども生まれてから一度も顔を合わせたことのない相手なのだ。そんなもの赤の他人と同じだろう。
しかし、今のエインフェルトは違う。母からの手紙に興味を示した。
明らかに違う、とウォレスは感じていた。不信を抱き、疑っていた。
こいつは誰だ、と。
「ありがとう、ウォレスさん」
とエインフェルトはウォレスに礼を言って母からの手紙をウォレスから受け取った。
ありがとう。ウォレスはいまだにその言葉に慣れていない。ありがとう、と礼を言うエインフェルトに対して違和感がある。
なにせ今まで一度も聞いたことがなかったからだ。この5年間エインフェルトからお礼の言葉などかけられたことなど一度もない。
一度死んで人格まで変わったのかとも考えた。だが、それにしては明らかに違う。
まるで別人。別人としか思えない。
ウォレスは思考する。これは吉兆なのか凶兆なのか。
自分はどうすればよいのか。今すぐ、始末するべきか。
何かが起きているのは確実なのだ。対処を誤れば何が起こるかわからない。
「あの、ウォレスさん」
「なんでしょうか?」
「ボクも手紙を書きたいんだけど。その……」
「代筆、でしょうか?」
「うん。お願いできますか?」
エインフェルトは変わった。以前とはまるで別人のようだ。
「もちろんでございます」
「ありがとう。あと、鏡が欲しいんだけど」
「鏡、でございますか?」
「うん。自画像を描きたいんだ」
本当に変わった。
以前は絵などに全く興味を示さなかったのに。
「字は書けないけど絵は描けるから」
ウォレスに手紙を書いてもらい、それに自画像を添えて母に送りたい。それがエインフェルトの頼みだった。
「それは、よいですね。王妃様もお喜びになるでしょう」
さて、どうしたものか、とウォレスは考える。
もし、エインフェルトがすでに『人』ではないのだとしたら、そのことも想定しておかなければならない。
『三界』『超人』『異界からの帰還者』。人の身でありながら神の領域へ達した『何か』。
ウォレスは思案する。
始末するべきか、それとも。
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