第4話 執事と主

 ウォレスという男がいる。60歳を超えた白髭白髪の老人の道を歩み始めた男である。


 だがまだまだはっきりと老人とも言えない。その顔には彼の生きてきた人生が深いシワとして刻まれてはいるが、彼の背筋はしっかりとまっすぐ伸びとても姿勢がよく、細身ではあるが無駄なく鍛え抜かれたその体は穏やかではあるが他を圧倒するような独特の雰囲気をまとい、その立ち姿は彼が歴戦の猛者であることを物語っている。


 ウォレス・ヴォジャノフ。彼は代々王家に仕える名門ヴォジャノフ家の生まれであり、彼自身も国王専属の執事として働いてきた経歴の持ち主である。


 そんな彼は今、現国王であるダガハンの三男であるエインフェルトの世話係をしている。エインフェルトが生まれてからずっとその傍に仕えている。


 それは王の命令だった。一番信頼できる人間を傍に置いておきたい、という王の意思によるものだ。


 一番信頼できる人間。それがウォレスだった。


 彼に与えられた仕事は呪われた子であるエインフェルトの生活を支えること。そして、何かあった場合すぐに始末をつけること。


 エインフェルトは呪われた子供である。エインフェルトの体には呪斑と呼ばれる黒いアザがあり、そのアザは彼の両脚を覆っている。


 呪斑。それは呪われた証だ。恐ろしい呪いに侵されている証明である。


 呪斑は王家の血を引く子供に現れる。本家だけではなく分家や、ル・ルシール王国から他国に嫁いだ元王族の子供にも現れることがあった。


 そんな呪いのアザを持つ子供が数十年ぶりに現役の国王の子息に現れた。それがエインフェルトだ。


 不幸な子供、かわいそうな息子。国王ダガハンはそんな我が子を一番信頼できる人間に預け、その後始末も任せた。


 その仕事が終わるはずだった。


 数週間前、呪斑を持つ忌み子であるエインフェルトが息を引き取った。今まで通り、呪いの力に耐えられず5歳を迎える前にこの世を去った。


 その後の作業も順調に終わった。エインフェルトの死体から呪いが漏れ出さないように処置が施され、葬儀が終わるまで遺体が腐敗しないように魔法による処置が行われた。


 その作業が終わった後、エインフェルトは彼が暮らしていた古い城から運び出された。生まれてからずっと暮らしてきた、いや、閉じ込められてた城から初めて外へ出た。


 エインフェルトの遺体は王都に運び込まれた。そこで再度厳重に魔法かけられ、呪いが漏れ出さぬように細心の注意が払われた。


 葬儀の準備も順調に行われた。そして、葬儀が済めばあとは埋葬をするだけだ。


 そう思われていた。これで自分の仕事もお終いか、とウォレスは考えていた。


 しかし、そうはならなかった。


 エインフェルトが葬儀の最中に息を吹き返したのだ。


 前代未聞だった。今までにそんなことなど一度もなかった。


 誰もどう対処してよいのかわからなかった。とりあえず、生き返ったエインフェルトはそれまで暮らしていた古城へと戻された。


 あれから数週間。古城に戻ってきたエインフェルトは自室で静かに寝息を立てている。以前と変わらずに。


 いや、変わった。変わっているとウォレスは感じていた。


 さて、どうしたものか、とウォレスは考える。


 国王からは何かあれば始末をつけろ、と命じられている。


 始末。つまりは殺せということだ。


 さて、どうしたものか、とウォレスは考えていた。この数週間、ずっと同じことを考えていた。


「ハイリル、ナイリル」

「はい」

「何かあればすぐに呼んでください」

「承知しました」


 エインフェルトが寝ている部屋の扉、その両脇に姿勢を正し微動だにせず直立するハイリルとナイリルはウォレスに深々と頭を下げる。ウォレスはそんなふたりを一瞥するとエインフェルトの部屋を静かに出て行った。


 ハイリルとナイリルはエインフェルトの専属メイドである。エインフェルトがこの城にやって来てからの5年間、ずっとエインフェルトの世話をしてきた。


 ふたりは眠っているエインフェルトをじっと眺めている。何が起こってもいいように、すべてを見逃さないように、まばたきもせずに、じっと。


 そんなふたりに見つめられながら寝息を立てるエインフェルトの目がうっすらと開く。


 うっすらと開き、ちらりとハイリルとナイリルのほうを見ていた。

 

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