第2話 王子様と呪い

 彼は死んだはずだった。


 ある日、ひとりの子供が息を引き取った。享年5歳。


 その子供はとある国の王子様だった。彼の葬儀は粛々と行われ、王家の墓地に埋葬されるはずだった。


 しかし、そうはならなかった。


 王子様は蘇った。葬儀の最中、棺の中で目を覚ました。


 式は騒然となった。


 泣き叫ぶ者、神に祈る者、青ざめ気を失う者。


 王子様が蘇ったというのに喜ぶ者はまったくいなかった。誰も王子様に近づく者はいなかった。


「ちゃんと確かめなかったのか!?」

「だ、誰か! 今すぐあれをどこかへ!」

「の、呪いだ! 呪われる!」


 誰もが王子様を恐れた。そんな中、ひとりだけ棺の中の王子様に近づく者がいた。


 母だった。王子様の母である王妃様だった。彼女だけは目を覚ました王子様に寄り添い、彼の名を読んだ。


「エインフェルト! ああ、エインフェルト!」


 王妃様は王子様の手を取ると何度も王子様の名前を呼んで涙した。彼女だけが王子様の復活を喜んでいた。


 彼女だけが喜び涙した。


 呪いがあった。その国は呪われていた。


 200年ほど前、濡れ衣を着せられ非業の死をとげた男がいた。その男は死の間際、自分を陥れた者たちを呪い、自分の生まれ故郷である国を呪った。


 男が呪ったのはル・ルシール王国と言う国とその国を治める王家とその血族たち。


 その呪いはル・ルシール王国に大きな災いをもたらした。


 人々は恐怖し、当時の国王はそれを憂い、呪いを解く方法を探した。


 しかし、呪いを解くことは出来なかった。ただ、解くことは出来なかったが抑え込むことはできた。


 「はは、うえ……?」


 王子様は目を覚ました。ル・ルシール王国第三王子であるエインフェルト・クリスペール・ル・ドナ・ルシールは死の淵から生還した。


「離れてくださいませ王妃様! 呪いが、あなた様にも呪いが!」


 ル・ルシール王国は呪われている。しかし、その呪いがもたらす災いは今はない。長い間平和な世が続いている。


 エインフェルトは上体を起こす。それを見た人々は悲鳴を上げる。


 誰も彼の復活を喜んではいない。母以外の者たちは誰も喜んでいない。父である国王も、血を分けたふたりの兄たちも、葬儀に参列した貴族たちも、誰も喜んでいない。


 なぜなら呪われているから。


 その国は呪われている。しかし、今はとても平和である。


 呪いは抑え込まれている。犠牲を捧げることにより、呪いを封じ込めている。


 その犠牲がエインフェルトだ。そうやってすべての呪いを幼い子供に押し付けることで王国は呪いの災厄から逃れてきた。


 そして、呪いを押し付けられた子供は5歳を待たずに死ぬ。呪いに耐えられず死んでいく。


 はずだった。


 エインフェルトは蘇った。それは大きな災いの前兆だと思われた。


 今までそんなことはなかった。呪いを押し付けられた『忌み子』たちは幼くしてこの世を去るのが当たり前だったのだ。


 そうやって200年以上の間、呪いから逃れてきた。小さな子供を犠牲にして、呪いを幼子に押し付けて、その子の不幸の上に王国は成り立ってきた。


 だから、恐れた。蘇ったエインフェルトを皆が恐れた。大災厄の前触れだと、そう考えた。恐れ戦き、恐怖した。


 けれど、何も起こらなかった。少なくともエインフェルトが蘇ってから5年間は何もなかった。


 蘇ったエインフェルトはすぐさま古城へ幽閉された。生まれてからずっと暮らしていた古い城へと閉じ込められた。


 何もかもがもとのまま、エインフェルトが蘇ったこと以外はすべて元通り。


 エインフェルトが蘇った以外は何も変わらなかった。


 平和。平和なまま。王国は穏やかに繁栄し、民は安らかに暮らしていく。


 そしてエインフェルトは呪いを受けたまま。


 世界は何も変わらぬままだった。

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