第1話 システムトラブルと時空震

 宇宙が震えた。それと同時に一人の少年が死んだ。


 少年の名前は菱木健太と言う。彼は病弱な少年で、数えるのを止めてしまうほど入退院を繰り返し、15歳の時に突然の発作でこの世を去った。


 しかし、それは想定していないものだった。『宇宙』の予定に記されていなかった。


 宇宙。数えたくなくなるほど無数に存在している宇宙。その一つが震えた。


 宇宙と宇宙が衝突して発生する『時空震』。健太の生きる、正確には生きていた宇宙が別の宇宙と衝突し、激しく震えた。


 それは偶然だった。避けることのできない必然だった。


 そして、想定内でもあった。


 予測通り宇宙と宇宙が衝突し、予想通りの時空震が発生し、予定外の死者が予定通りに死んだ。


 想定外も想定したシステム。その宇宙は管理システムにより完璧に管理されている。


 予定外の死も予定通り。そして、その死は適切に処理される。


『時空震による管理システムのエラーが発生。影響は軽微。予定外の死者1名』


 そこは闇だった。


 健太がいる場所は真っ暗だった。上を見ても下を見ても真っ暗で、そこが部屋の中なのか外なのかもわからない、そんな場所だった。


 その暗い場所に無機質な声だけが響いている。


『あなたは死にました。遺体はすでに火葬され、蘇生は不可能です』


 淡々と事実が伝えられる。そこで健太は自分が死んだことを知る。


 健太は声を出そうとした。けれど声が出ない。


 動こうとしても動けない。腕がどこにるのか、足がどこにるのか、立っているのか座っているのか、健太はなにもわからない。


『現在、システムトラブルにより転生作業を一時停止中。しばらくお待ちください』


 何もわからない。わかっているのは自分が死んだということと、何かが起こっているということだけだ。


 いろいろと言いたいことはある。聞きたいこともある。いろいろな思いが、感情が、記憶が渦巻いている。


 自分は死んだ。信じられない。信じたくない。理解したくない。


 もっとやりたかった。


 もっと描きたかった。


 もっと絵を描きたかった。


『復旧中。システム修復中。しばらくお待ちください』


 どれだけの時間が経ったのかわからない。ほんの一瞬かもしれないし、とてつもなく長かったのかもしれない。


『しばらくお待ちください』

『しばらくお待ちください』

『しばらくお待ちください』


 宇宙と宇宙が衝突して起こる時空震。それによるシステムのエラー。


 それは想定していたことだった。いつ、どこで、どのように衝突し、どのような影響が出るのかは想定していた。


 そして、そのほとんどが想定通りだった。システムのエラーは解消され、システムは復旧された。


 はずだった。


「……呪いあれ」


 誰かの声が聞こえた。


「王家に呪いあれ」


 それは機械的で無機質な声ではなかった。


「王国に呪いあれ!」


 人の声だった。その声を皮切りに知らない誰かの声が次々と聞こえてきた。


 男の声、女の声、子供の声、老人の声。笑い声、叫び声、憎しみのこもった声。


 そして、泣き声。


「エインフェルト……」


 泣きながら誰かの名前を呼ぶ女性の声。


 宇宙にはそれぞれの法則がある。宇宙を成り立たせている第一の法則が存在する。


 その法則はそれぞれ違っている。宇宙はそれぞれ違う第一法則を持っている。


 そう、違う法則のもとに成り立っている。


 違う法則を持つ宇宙。そんな宇宙が衝突し、交わった。


 ほんの一瞬、交わった。


 すべては想定通りの手順で行われ、予定通りシステムは完全に修復された。


 しかし、その時にはもう、いなかった。


『――システムの再構築を開始』


 違う法則を持つ宇宙が交わった。その時、何かが起こった。


 ほんの僅か、ほんの少し何かが起こった。


 消失した死者一名。消えてしまった魂がひとつ。


 しかしそれは、些細な出来事。


『影響は軽微。再構築中』


 機械的な音声が何もない空間に響く。


『しばらくお待ちください。しばらくお待ちください。しばらくお待ちください――』


 その宇宙から魂がひとつ消えた。

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