第3話

 「…ぅ…」  


 陽の光に目を覚ますと俺はどこかの穴の中にいた。夢かと思ったが、どうやら現実らしい。ゆっくり頭だけ動かして見渡すと、顔の横にはなぜかミミズや果物が置かれている。この巣穴は俺の巣穴とは違うが、しかしなんだか見覚えがある場所だった。大きな岩に、天井の木の根…ここは…


 「コン吉くん!目を覚ましたんスね!うわーんよかった〜!」


 聞き慣れた声が聞こえた。見るとポン子が巣穴の入り口に立っていた。話した拍子に口から餌であろう虫や果物がポロポロとこぼれ落ちる。泣きながら俺に縋り付くポン子を見て俺は未だ呆けた頭で話す。


 「ポン子、お前…生きてたのか…」


 「それこっちの台詞っスよ〜!全然起きないから死んだかと思ったっスよ〜!ううぅ〜!」


 「いや、それは…すまん…」


 それに関しては謝罪しかない。情けない事に今も全身の痛みでほとんど動けない。


 「でもよ、ヤノヅミ…化け物いただろ…山みてぇにでかいの…アイツどこいった…襲われなかったのか、お前…」


 「うっ…ば、化け物?なんのことだかわかんないっスね〜、コン吉くん夢見てたんじゃないっスか?」


 「お前目ぇ泳ぎすぎだろ…なんか知ってんなら話せ…」


 「ううぅ…」

 

 俺が睨むとポン子は観念したように話し始めた。


 「アタシ、化け狸なんス…」


 どうやらポン子は普通の狸ではなく、軽く百年は生きている化け狸で、変化の術で色んな姿になれるらしい。今までも危なくなった時、別のものになってその場を凌いできたのだと。そしてあの時の化け物はポン子が変化した姿なのだが、別にあんな姿になったからといって力が強くなるわけでもないので、人間達が驚いて混乱している間にこっそり俺を自身の巣穴まで運びこんだとの事だった。


 「……」


 予想以上の情報に俺は脳内を必死で回して整理する。妖の類は信じてないし、まさかあの化け物がコイツの仕業とも思わなかったが、まぁでも事実なのだろう。というか百年生きていた事や俺を運べた事の方が驚きだ。

 ほっといたら捕まったり野垂れ死んでそうなくらいに弱くてポンコツだと思っていたのに、百年も生きてるならそんな心配なんか無用だったな…

 

 「ううぅ、今まで黙ってて、すんませんっス…怖がられたり、嫌われたくなくて…」

 

 俺が沈黙しているのを何か勘違いしたのか、ポン子はそう謝罪した。ポロポロこぼれ落ちる涙が足元の地面やポン子の毛を濡らす。

 

 「…別に怖くもねぇし、嫌わねぇよ…助けてくれてあんがとな」


 ズビズビ泣いてるポン子の顔を俺は舐めて宥める。実際嫌ってはいない。妖だった事も変化したあの化け物にもビビったが、中身が凶暴な熊になったわけでもなし。変わらずポン子はポン子だしな。

 「俺の想像以上にコイツは強いんだな」と、ポン子なりの、生き延びるためのその強かなやり方にむしろ感心した。


 「お前の全部を知ったって、俺達はこれまで通りだ。一緒に飯食って、馬鹿な事やったりして生きるんだ。変わんねぇよ、何もな」


 「…うん」


 俺がそう言った時、ポン子はようやくいつものように笑ってくれたのだった。

 




 そして俺達は、ポン子が持ってきてくれた餌を分けて食べた。人間の村にあった葡萄とは違う山葡萄は、実のひとつひとつが小ぶりで、甘酸っぱい味がして、美味かった。

 

 「化け狸ってことは本来の見た目は今と変わってたりすんのかよ?」


 「う、まぁ…そうっスね…あ、恥ずかしいから見せるのはナシっスよ!」


 コイツに羞恥心とかあったのか…と思いつつも、別にポン子が嫌がる事をさせたいわけでもないので了承した。しかしどんな見た目かは気になる。もしかしてあの時の化け物みたいなのが本来の姿だったりすんだろうか…


 「…つかよ」

 

 「?なんスか?」


 「変化できるんだったら、穴にハマったあの時、鼠とかになって抜け出せばよかったんじゃねぇの?」


 「………確かにそうっスね!!」


 





 その後あの村に「ヤノヅミ様の伝説」がまたできたり、もっと後に「悪戯をする妖狐と妖狸の話」が出たりしたが、それはまぁ、また別の話だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

のけもの達の晩餐 月餠 @marimogorilla1998

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ