第3話 謝意なのか

 深夜に我慢できなくなり、目を開けた。

 起き上がり冷蔵庫からチューハイを一気に飲み干す。

 本来僕は酒を呑まない。少々アルコール依存症気味の恵美が呑むための酒だ。


 普段酒を一滴も呑まない自身の脳に染み渡る。

 脳がくらくらと揺れる感覚だ。恵美はいつもこのような気持ちで過ごしていたのだろうか。

 どれだけ孤独や失望感を抱えて過ごしていたのか少しだが理解できる。

 これでは恵美の心が離れていくのもわかる気がした。


 そのうちに徐々に気分が悪くなり、台所のシンクで嘔吐をした。

 胃にむかつきでリビングのフローリングにそのまま大の字に寝ころんだ。


 気分の悪さは朝まで続いた。もう季節は冬だ。寒いが身体が動かない。

 ベッドまでの移動はとてもじゃないが出来そうにない。

 意識が遠のいていく。危険な思考なのはわかっているが眠りにつけるならば毎日このままでいいかもしれないなと思う。


 身体を丸めて朝を迎えた。

 陽が怖い。希死念慮は消えてはおらずに脳が死を求めている。これは治るのだろうか。

 外からは車の音や、人の話し声が聞こえる。

 何もかもが怖く感じる。何故、何が怖いのだろうかもわからない。

 一人、部屋で目を閉じるだけだ。時間が過ぎてゆくだけの日々に何の意味があるのだろう。


 自分は道徳に反する行為を認めるのか。夢の中でおめでとうと確かに言いたかった。

 それはそういう事なのか。

 思考が追い付かない。自分は何をしたかったのだろう。


 帽子を深く被りマスクを着けコンビニへ歩いた。

 なるべくアルコール度の低い酒を棚にあるだけ買い帰宅する。

 食べ物は喉を通りそうにない。帰り、すぐにベッドに潜り込んだ。


 買ってきた酒に少し口をつけた。昨晩の酒よりはスムーズに飲めそうな味だ。

 まるで消毒液の少し入ったジュースだ。味は不味くはない。

 これなら少し我慢すれば呑める。

 ベッドの端に寄り、毛布を被り時間をかけ酒をゆっくりと呑んだ。


 一本呑み終えたら、軽い眠気が襲ってきた。

 部屋を暗くし、布団に潜り込むと消えていた睡眠欲が戻ったようだ。

 目を閉じると、元気だった頃の様に眠気が薄っすらと舞い、静かに暗闇に思考が浸かっていった。


 朝が訪れ、夢は見なかった。次に夢ででも逢うことができたなら本当に「おめでとう」と言いたい。

 部屋が明るくなって自然と目が覚めた。

 少し頭痛はするが、気分はいい。部屋中に飛び散った乾いた血痕の掃除をした。

 壁紙の血痕は取れそうにない。

 リビングに飛んだ血痕は綺麗になった。


 それだけの事で肉体的に疲れてしまいベッドに仰向けになった。

 白い天井を見るいると全てが何事もなかったのようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せな一生 村崎愁 @shumurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る