第2話 帰宅

 同じ日々が過ぎ、三日が経ち首の包帯が取れた。

 触ると硬い糸の感触がする。


 記憶も朦朧としていたものが鮮明になってきた。

 恵美が出て行った後には離婚届がリビングの上に置かれていた。


 それから離婚届は出していない。

 誰も居なくなった部屋で一人考え、鬱が悪化し希死念慮に襲われていった。

 太一から一言だけ「すまん」とメールが送られてきたが、それからは何も送られてこない。


 幼馴染も妻も、何も信じられなくなった。

 光も音も人も怖い。

 ベッドで横になったまま風呂にも入れず飯も食べれず動けない。


 その時に入院すべきだったのだろうか。

 しかし入院しても心の傷は癒えないだろう。


「死ねば楽になったのにな…。」

 独り言は病室の上を消える。


 四日目の昼過ぎに退院の許可が出て夕方には退院が出来た。

 荷物も迎えに来る人も何もない。

 身体一つで病院を後にし、自宅に帰宅した。


 家に入ると部屋は血まみれで勝手口の窓ガラスは割られている。

 まだ離婚は成立していない。

 恵美に連絡は伝わったのだろうか。

 しかし入院時意識は無かったはずだ。緊急連絡先はわからなかっただろう。


 もし恵美に伝わっていたとしたら何を思うだろうか。

 もうなのだから、何も思わないのかもしれない。


 恵美が家を出て一か月は経っている。

 今は太一と同居しているのか、とふと考えた。

「当然だよな。」部屋の乾いた血しぶきを眺める。掃除をする気にも起きない。

 そのままベッドに横たわり、ある面ではリラックスをして、薬を飲まずとも気が付けば睡眠していた。


 会社もうつ病の診断が降りてから休暇をもらっている。

 あと約二か月は休める。今はゆっくりと身体と精神を回復させたいが今は何も考えたくない。


 夢に恵美と太一が出てきた。

 お互い背を向けて手を繋ぎ歩いている。近付きたいが近付けない。

 一言だけ伝えたかった。


 ただ、僻みでも妬みでもなく、夢でだけでもいいから「おめでとう。」と。


 昼になり目が覚めたると涙がこめかみを伝っていた。

 これは何の涙なのだろう。悲しいのかも、嬉しいのかも、何の意味があるのかがわからない。


 起き上がり、久しぶりにシャワーを浴びた。

 頭が冴えてくる。そうだ、深くは思い出せないがうっすらと思い出した。

 首にカッターを押し当て、気が付けば辺り一面が血まみれになった。

 それから…それからは?やはりそこから意識が途絶えたのだろう。


 半分開いたカーテンと窓に血がべったりと張り付き乾いている。

 これを見て近所の住人が通報したのだろうと思い、窓だけは血をタオルで拭きとった。


 それだけで疲れ、またベッドに横たわる。だが眠りにはつけない。

 睡眠薬は全部飲んでしまった。

 薬の横流しが問題になっている今、あと一か月は薬はもらえない。


 眠りにはつけないが目を閉じ、時間が経つのを待った。

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