そうは問屋が卸さない

 十五分ほどかけて書類一式を書き終えると、沙彩はエミリーと共に事務室を退室して移動を始めた。

「あの、どこまで行くんでしょうか」

「城よ」

 城、と言われて思い出すのはライオネル城だ。

 カイリは昨日「城で働く職員のうち、魔導図書館で働く人が魔導司書だ」だと言っていた。職員の管理は城の方で行っているのだろうか。

 そう尋ねると、エミリーは

「その認識で間違っていないわ」

 と肯定した。

 廊下を進んでいくと、開けた場所に辿り着いた。天井は高く、豪華なシャンデリアが周囲を照らす。床には絨毯が敷き詰められており、行き交う人々は一様にフォーマルな装いだ。

 おそらく、すでにライオネル城の中にいるのだろう。それを認識すると、自分が如何に場違いな人間なのか、と恥ずかしくなってしまう。

 エミリーはすぐ近くにあったカウンターに向かい、中にいる人物に声をかける。真面目そうな雰囲気の女性だ。

「魔導図書館サービス課第四班のエミリー・ストーンズです。先日報告した件で、追加の書類を提出したいのですが」

「了解しました。少々お待ちください」

 そのままカウンターの女性は口を閉じ、少し経ってから、

「すみません。総務課より応接室に向かうように指示がありました。そちらで書類を受け取るとのことです」

「応接室?」

「併せて伝言です。宮廷魔導師長が直接話を伺いたいと」

「ああ……そういうこと」

 エミリーが呟く隣で、沙彩が首を傾げる。

 おそらくすごい人が来るのだということはは理解できるが、なぜこの場面で登場するのかがわからない。

 女性に礼を述べ先を進むエミリーに、沙彩が小声で話しかける。

「あの、宮廷魔導師長って」

「想像の通り、宮廷魔導師の頂点に立つお方よ。詳しい説明は今は省くとして、ざっくり言うと、この国の偉い人、ね」

 ひぃ、と声を上げそうになるが、あわてて口元を手で塞ぐ。

「どうして、でしょうか」

「本心は当人にくとして、おそらくは私たちからの提言のせいでしょうね」

「提言……?」

「それに総務課からの指示っていうことは、“アイツ”も来るってことだろうし」

「アイツ……?」

 それ以降、エミリーは口を閉ざしてしまった。その表情は険しいもので、何かを言える雰囲気ではなかった。

 二人とも黙ったまま廊下を進んで行くと、“応接室”と書かれた看板が見えてくる。その下の扉をノックして開ける。そこには、

「お待ちしていましたよ」

 物腰の柔らかそうな女性と、色の入った眼鏡をかけた男性が揃って二人を出迎えた。

 エミリーが姿勢を正したのを横目で見て、沙彩も腹に力を入れる。

「遅くなり申し訳ございません、宮廷魔導師長」

 そう呼ばれた女性は、柔和な笑みを浮かべた。

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魔導司書は言の葉を紡ぐ――ライオネル王国物語 緋星 @akeboshi_sora

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