異世界人は決断する
翌朝。
普段どおりに出勤したカイリとデイビットは、事務室内にいた人物に目を見張った。
「ミドーさん……?」
なぜ彼女がここに、という疑問を、同じくすでに室内で待機していたクラリスに目線で訴える。
クラリスは書類から顔を上げると、淡々と答える。
「出勤したら事務室をやもりさんが覗いていまして」
「何それめちゃ怖い」
「何事かと思って外を覗いてみたら、彼女が扉の前に立っていたので」
「……入っていいかわからなくて」
「私の独断で事務室で待っていてもらった、ってことです」
「それなら問題はありませんが……」
カイリが沙彩に視線を戻す。
「お一人でここまで?」
「……何となくわかるかなって」
確かに、二日間同じ道を往復していれば、何となく覚えるだろう。それは理解できるので、特に責めるつもりはない。
ただ、今の彼女が魔導図書館の敷地を歩くのは危険ではないか、と懸念していたのだが。
ふと気配を感じて窓の外を見ると、爬虫類の目玉が覗いていた。
なるほど、とカイリは呟く。近くに図書館の番人がいるならば、例え手練れの魔術師だろうと簡単に手出しはできない。
ならば、彼女がなぜここに来ようと思ったのか。
沙彩はしばらく視線を逸らしていたが、しばらくしてカイリの方を見て口を開いた。
「えっと、臨時職員のお話なんですけど」
「はい」
「私、まだ何も知らないので、“職員”って言われるとものすごく不安なんですけど」
「……そうですよね」
「あ、アルバイトなら! そこからならいいかなって!」
必死な答えに、カイリは一瞬目を見張った。
すると、
「あら、それいいわね」
後から入室してきたエミリーが賛同した。
「おはようございます、エミリー」
「おはよう。途中からごめんなさいね」
そう言いながら、エミリーは自身のデスクの引き出しから一冊のファイルを取り出した。そこから用紙を一枚取り出して、沙彩に手渡す。
「魔導司書の勤務形態一覧よ。基本的には正職員の臨時職員の二種類に分かれていて、臨時職員の枠の中に“見習い”――あなたたちの世界で言うアルバイトに近いものがあるの」
この枠は、元々魔導司書志望の学生が実地研修をする際に使用されているものだ。学業の時間を確保するために、臨時職員よりも勤務時間が短く設定されている。
なお、ライオネル王国には“アルバイト”という言葉はないのだが、ニホンからの来訪者たちがよく口にするため、説明の際にはよく使用される。
「今のままだと、ミドーさんが魔導図書館で働くのは大変だと思うの。だから、まずは“知る時間”を確保して、徐々に開架に出てもらいましょう」
エミリーがにこやかに笑う。
その提案は、沙彩の希望にかなり沿ったものだ。これを拒否する理由は今のところない。
「大丈夫、だと思います」
「なら書類を書いてもらって、そのまま提出に行きましょう。クラリス」
「準備できてます」
クラリスが何種類か用紙を差し出す。内容は読み取れるが、このまま書いてしまっていいのか躊躇してしまう。
「もちろん認識魔術がかけてありますので、ミドーさんの言語で書かれても問題ありません」
淡々とクラリスが告げる。
一息吐いて、沙彩はクラリスやエミリーの指示に従い、書類の記入を始める。
その傍らで。
「館長に報告しないといけませんね」
「それもそうだが、タイムスケジュールを組んでおく必要あるよな?」
「大まかな枠だけ作成します。それと」
「魔術基礎だな。そっちは任せろ」
男性陣が次の段階に関する作業を始めていた。
魔導司書は言の葉を紡ぐ――ライオネル王国物語 緋星 @akeboshi_sora
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