異世界人は考える
その夜。
沙彩は簡易宿泊所の個室の片隅で、一人考え込んでいた。
(どうすれば、どうしたらいいの……?)
今日、カイリと一緒に図書館を巡って理解した。魔導図書館というとてつもなく広大な空間の中から、たった一人の人物を探し出すことは非常に困難だ。
それなのに、彼らは当然のようにそれを行おうとしている。沙彩をすぐに日本に帰す手立てがあるにも関わらず、始めから全部解決しようと動いている。
沙彩は、自身の左手に浮かんでいる召喚紋を見つめる。
(これを消さないと、もっと大変なことになるかもしれない)
今朝の話を思い出す。不完全とは言え、知らない誰かにマーキングされたままで、いつかまた召喚される恐怖に怯え続けるのは嫌だ。
それに、今もまだその誰かがこの敷地内にいるのかもしれないと思うと、息が苦しくなる。
まだこちらに来て二日目。それなのに、急激に追い詰められている気がする。
気分を変えようと窓の外を覗く。すると、大きな影が視界の端を横切って行った――かと思ったらぐるり、と方向転換して巨大な白いものが眼前を埋め尽くした。
「え……え?」
何だこれは、と思った瞬間、その白いものは上に移動してしまった。慌てて窓を開けて上を見ると、大きな尾が壁を這い上がっていた。
その姿には見覚えがある。
「……やもりさん?」
巨大な影は返事をしない。そもそも聞こえたところで、沙彩には何を言っているかきっとできない。何を伝えたいのか、わからない。
――そうか、と沙彩は気づいた。
「私は、何もわからないんだ」
この世界を、ライオネル王国を、魔導図書館を自分は何もわかっていない。何せ、こちらに召喚されてたった二日なのだ。わからなくて、知らなくて当然。
けれども、“わからない”のと“わかろうとしない”のは別だ。
そして、この図書館の司書はすでに世界を知るための手がかりを、沙彩に与えてくれている。
鞄の中から二冊の本を取り出す。この国を知るための本と、童話。今日は童話がこの国の歴史を基にしていると知った。
沙彩は鞄からボールペンとノートを取り出した。今日知ったことを書き足していく。
「確か、魔導図書館は城の一部で……だからすごく広くて」
魔導図書館で働く職員を、魔導司書と言う。
ふと、今朝の会議を思い出す。
「臨時職員、だっけ」
カイリの提案の返答を濁したままだ。クロエは沙彩に熟慮する時間を与えてくれたが、先延ばしにするのもよくない。
そもそも、件の魔術師は図書館の利用者に限定されない。職員たちも候補である。
そして図書館にはそこで働く職員のみが入れる裏方――バックヤードがある。そこに該当の人物がいた場合、今のままでは見つけることは難しい。自分は問題の渦中にいても、図書館としては部外者なのだ。
ならば、どうするか。
「……バイトなら、いける……?」
思い立ってしまった。
部外者ならば、いっそ関係者になってしまった方が早い。
明日忘れなければ交渉してみてもいいかもしれない、と沙彩は結論づけて、眠ることを決めた。
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