とある職員の懊悩

 一人残されたカイリは自分のデスクに移動し、引き出しから白紙を取り出した。自分も昼休憩に入る時間だが、その前に今日の結果をまとめておく必要がある。

 その一。沙彩を召喚した魔術師、およびそれに繋がる新たな証拠は発見できず。

 その二。エミリー、デイビット、クラリスは候補から除外。

 その三。本日出勤の職員の内、午前中に第四図書室以降の図書室で勤務していた者たちは、候補から一旦除外可能。

 その四。を連れての巡回は非効率的。

「……わかっていたことですけれど」

 知らず知らずのうちに、カイリは苦笑いを浮かべていた。

 簡単なことではないと頭で理解はしていたが、収穫がほとんどないという事実に落胆する。

 特に沙彩を連れての巡回については、自分たち魔導司書にも通常業務があるため、毎日行うのは難しいと言わざるを得ない。

(だからこその臨時なんですが)

 今朝の会議でエミリーが言ったように、カイリは沙彩に魔導図書館内を自由に動けるような立場を与える用意すべきだ考えている。そして同時に、有事の際にはこの事務室にすぐに逃げられるようにするためでもある。ここをメインで使用する職員――エミリー、デイビット、クラリスは彼女を害することはしない。

 それに――

「おうおう、渋い顔になってんなあ」

 デイビットが業務から戻ってきていたようだ。カイリに対して、こちらも渋い顔を向けている。

「説明をこっちに投げやがって」

「すみません。僕が説明すると長くなりそうなので」

「知ってるよ。好きなものに関してだけは極端に説明下手になるもんな、おまえ」

 カイリとデイビットは学生時代からの付き合いだ。そのため、互いの長所短所は大方把握している。

 それで、とデイビットは隣のデスクに着席する。

「どうだった」

「芳しくないですね」

「簡単に見つかるとは思ってないけど、難しいわな。で、臨時職員の件は」

「まだ返事は」

「ま、そうだよな」

 デイビットは鞄から昼食を取り出して、口に放り込む。今日のメニューは葉物野菜と油で揚げた肉をパンで挟んだもの――ニホンで言うカツサンドである。

「俺としては職員になってもらった方が守りやすいって思うけど」

 彼の言葉には理由がある。

 魔導図書館で働く職員として認められれば、正規・臨時は関係なく職務上必要な保障や制度が適応される。その中には職員自身の安全を確保するためのものも多い。これを利用すれば、今よりも自由かつ安全に図書館内を移動できるのだ。

 ただ保護されて待っているよりも、ずっと有意義だとは思う。

「でもミドーさんの気持ちが優先ですし」

「そこがじれったいんだけど。……それより、カイリ。メシはどうした」

「……買ってきます」

 消え入りそうな声で返答し、カイリは席を立つ。

 その姿を見送りながら、デイビットは残りのカツサンドをかじる。

「ま、俺は俺でやれることを考えないとな」

 カイリだけに負担を強いるわけにはいかない。この件は自分たち全員で臨むことだ。

 まずは、はぐれ召喚獣の彼女がどういう返答をするか。それによって、今後の方針が変わってくる。

「じれったいよなあ、ホント」

 小さく溜息を吐いて、デイビットはデスクに突っ伏して目を閉じた。

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