さがしものは何処

 正面階段を昇り、すぐ近くの部屋の前で立ち止まる。入口の脇には“第四図書室”と書かれた木札が掲げられている。

「図書室のうち、第一から第三までは魔術とは関係ない図書が収められています。第四以降は魔術に関する図書の部屋になります」

 カイリは説明しながらそのまま部屋に入っていった。沙彩も後に続いて入室する。

 第四図書室には大きな書棚がいくつも並び、本を探し読む多くの人がいた。

「ここの棚、僕たちは書架しょかと呼んでいますが、魔術基礎の資料が並んでいます」

「魔術基礎……?」

「すべての魔術に共通する基礎的な分野ですね」

 そう説明するカイリの後ろを、沙彩はついていく。

 図書室の中に人々は二人のことにも目もくれず、少し離れた場所で誰かが話している声が聞こえた。それに答える声もあり、どうやら職員に本の場所を聞いているようだった。

「この本の中から、目的の本を探し出せるんですか?」

「大まかな場所は把握していますから、案内できますよ。実際にあるかどうかは見てみないとわかりませんが」

「探し物の魔術とかありそうですけど」

「館内規則で余程のことがない限り使えないんです」

「あることはあるんですね」

 ひそひそと話しながら、第四図書室を一周して退室する。

 それからいくつかの部屋を経由して、エントランスに戻ってきた。

「ここまで見て来て、何か気になることはありましたか?」

 カイリからの質問に、沙彩は首を捻る。

「……正直、入ってくる情報が多すぎて、よくわかっていないです」

「なるほど。では僕から質問しますね」

 頷いて、カイリは眼鏡の奥の目をすっと細める。

「ミドーさん、?」

「……いいえ」

 質問の意味を理解するのに、そう時間は必要なかった。

 聞き慣れない言葉、すなわち歪んで聞こえる言葉があったかどうか、ということである。もしあったならば、その場所に沙彩を召喚した魔術師がいる可能性が高い。

 しかし、今日立ち寄ってきた場所では、不快な思いをするような言葉は聞こえなかった。もしかしたら黙していただけなのかもしれないが、相手を絞り込むのは困難だ。

 肩を落とす沙彩に、カイリは「仕方ないですよ」と声をかける。

「昨日来ていた利用者が今日も来るとは限りませんし、職員も全員出勤しているわけではありません。何より、今のルートは図書館のフロアーのみでしたので」

 そうなのである。魔導図書館はとてつもなく広大で、今日見ていない場所も多いのだ。

 この場所から、たった一人の魔術師を特定するのはものすごく困難なのではないか、と今さらながら沙彩は思ってしまった。


* * *


「ただいま戻りました」

 カイリと沙彩が事務室に戻ると、クロエが椅子の上で丸くなっていた。しかし、カイリの声を聞いて耳を動かし首を持ち上げた。

「お帰りなさい。どうでしたか」

 何を、とは訊かないクロエに、カイリは無言で首を横に振った。

、ですか。では、サーヤさん」

 名前を呼ばれて、沙彩は「はい」と返事をする。

「魔導図書館はどうでしたか」

「……広かったです」

 何とか絞り出した答えに、クロエが笑う。

「そうでしょうね。初めて来館した人は、皆さんそう言いますから」

「ここで何か探せる気がしないのですが……」

「おやおや、ずいぶんお疲れのようで。では一旦宿泊所に戻って、それからお昼にしましょう」

 時計は十二時少し前を示している。

 クロエ曰く、時間の感覚はこちらの世界とニホンではほとんど同じらしい。不慣れな世界で、似たような点があるだけで気が楽になる。

「おなかすいた……」

 沙彩は腕章を外すと、クロエに連れられて事務室を退出した。

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