初代宮廷魔導師と魔術王
軽く咳払いをして、デイビットが口を開いた。
「えー、皆さんは図書館の入口にあった飾りはもう見ましたか?」
「はーい!!」
「では、あの飾りは何を表しているのか、わかる人はいますか?」
一斉に子どもたちの手が挙がり、デイビットはその中で一人を当てる。
「はい、あかいかみのまほうつかい、です!」
「……“あかいかみのまほうつかい”?」
沙彩は鞄の中から本を一冊取り出す。昨日クロエが持ってきた児童書も『あかいかみのまほうつかい』、同じタイトルだ。
デイビットは子どもの答えに頷いてから、「ですが」と続ける。
「正しくはその物語のモデルになった、この国初めての宮廷魔導師アーニャ・ヴァーミリオン・ライオネルです。ここはしっかり覚えておくこと」
「はーい!!」
「では、次は児童書の部屋に移動します。ここからは静かにしてくださいね」
そう言うと、デイビットは子どもたちを引率して別の部屋に移動する。途中でこちらを見たが、お互い特に言葉を交わすこともなかった。
エントランスが静かになったところで、沙彩はカイリに尋ねた。
「あの、今の話って……」
「はい。『あかいかみのまほうつかい』は歴史上の人物を題材にした童話です」
二人はデイビットたちにはついて行かず、正面階段を昇る。肖像画の前まで来ると、カイリはそれぞれの説明を指差した。
「女性が先程の話に出てきたアーニャ・ヴァーミリオン・ライオネル、男性は“魔術王”ギルバート・ザイツ・ライオネルです」
「……あ、本に書いてありました」
二人の名前は、昨晩読んだ本に繰り返し登場していた。確か魔術の発展、普及に努め、ライオネル王国中興の祖と呼ばれる偉人であると。
先ほどデイビットが『あかいかみのまほうつかい』のモデルがアーニャだと言っていた。ということは。
「えっと、赤い髪の女の子が、アーニャさんで」
「ギルバート王が王子さまですね」
そうなると、アーニャはギルバート王に拾われ、育てられたということになる。そして“かんたんなまほう”を世に広めるために尽力した。童話なのでどこまでが真実かわからないが、似たようなことがあったのかもしれない。
「ここには元々初代宮廷魔導師の研究室がありました。研究が深まるにつれて資料も膨大となり、ギルバート王が研究室と資料室を併設した施設を建造したと言います。その資料室を公開したことが、魔導図書館の始まりです」
確かに国王が育てた人物ならば王家の関係者であり、王城の敷地内に研究室を設けても特別おかしくはない。
そして、研究結果を隠すことなく世間に知らせるということは、並大抵の覚悟ではできることではない。
「どうして、そんなことができたんでしょうか」
「きっと、そうすべきだと考えたんだと思います」
カイリは肖像画を見上げる。
「初代宮廷魔導師は弟子たちにこう言い残したと言われています。『魔術師たる者、皆の幸福を願って魔術を使用すべし』と」
だからこそ研究を秘匿せず、多くの人々のために公開することを選択したのだろう。
「すごい人たちなんですね」
「そうですね。少なくとも僕は、彼らを尊敬すべき人物だと思っています」
そう語るカイリの顔は、夢を語る子どものように見えた。心の底から尊敬しているのだろう、と沙彩は思った。
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