魔導図書館は広い
事務室を出て、関係者専用の出入り口を通過する。空は今日も青い。
「では、巡回ルートを確認しましょうか」
カイリが紙の地図を広げる。図書館だと思われる広大な建物とそれに付随するいくつかの建物の平面図、それに加え建物外の敷地も書かれていた。
「かなり広いですね……」
「そうですね。図書館や研究所、宿泊所、訓練施設もありますから。例えば、この森の奥には練習場があります」
カイリが指差した方向には鬱蒼とした森が広がっている。その奥から「おりゃー!」とか「ぎゃー!」と叫び声が聞こえてくる。
「……何が起きているんですか」
「室外で発動するタイプの魔術の練習ですね。巨大な物を動かしたり、自然現象に作用したり、という類いのものです」
眉を下げたまま、カイリが笑う。おそらく、この表情になるのが癖なのだろう。
地図に視線を戻すと、赤い点がポツンと浮かぶ。これが現在地ということだろうか。それが勝手に動いて道筋を示す。
「これから外側から正面に回り、図書館内に入ります。それからは館内を巡って、事務室に戻りましょうか」
「はい」
反射的に返事をして、沙彩は慌てて口元を押さえる。何か恥ずかしい。
視線だけでカイリの顔を伺うと、「いい返事です」とやっぱり笑っていた。
「そう言えば、昨日館長がお渡しした本は読んでいただけましたか?」
「あ、はい。一応持ってきたんですけど」
沙彩が鞄の中から、本を二冊取り出す。
カイリはそれらを確認して、少し考え込む。そして、
「気になること、わからないことがあったら質問してください。デイビットも館内見学の案内をしているので、もしかち合ったら便乗して聞きましょうか」
「えぇ……いいんですか、それ」
「デイビットの方が説明が上手いんですよ」
簡易宿泊所の方向とは反対の方向に歩いていく。レンガ造りの建物は、やはり巨大である。どこまで行っても終わりが見えない。
「……ここ、本当に図書館なんですか?」
「そうですね。ニホンから来られた皆さんもよくおっしゃるんですけど、もう少し小さい建物のことが多いとか」
「公共の施設って印象です。あと大学とかにも」
「大学は確か教育機関でしたね。蔵書数もそれぞれ異なるんでしょうか」
「……ちょっとそこまでは」
「すみません、職業柄気になってしまって」
そう言えば、と沙彩はクロエの言葉を思い出す。彼女はカイリたちを“魔導司書”と言っていた。けれども、今のところ彼らのことは“魔術を使う人たち”という印象が強い。
「あの、ディケンズさん」
呼ぶと、カイリは少し目を見開いた表情をした。しかし、すぐに笑顔に戻る。
「どうしました?」
「あ、あの……ディケンズさんたちは魔導司書、なんですよね。どういう仕事なんですか?」
「そうですね。定義としては“ライオネル城の職員のうち、魔導図書館で働く職員”、簡単に説明すると“魔導図書館で働く人”ですね」
理解しようとしてすぐに聞き慣れない言葉が飛び込んできて、首を傾げる。
「城、ですか?」
「はい。説明する前に、全体を見てもらった方がいいですね。そこの角を右に曲がります」
カイリの言うように、建物の角地に差しかかる。そこを右に曲がると視界が開け――
「うっわ……!」
反射的に感嘆の声が漏れる。
手前から続くレンガ造りの建物の果ては遠く、途中には装飾のある箇所がある。あの辺りは図書館の入り口だっただろうか、次はあそこを目指すのだろう。
そして、その奥には図書館よりも背の高い建物が
とにもかくにも。
「広い、広すぎる」
「ですよね。僕も初めて来たとき驚きました。それでですね」
カイリが指を差した方向には、例の高い建物がある。
「あれがライオネル王国の
そのまま指が下がり、図書館の反対側の端を示す。
「現在、城と魔導図書館は一本の通路で繋がっています。ちょうどあの辺りですね」
なるほど、城と繋がっているので魔導図書館は王城の一部だとも言える。その図書館で働く職員は王城の職員である、というのもおかしくはない。
不意に、昨夜読んだ本の内容を思い出す。魔導図書館の前身は魔術の研究室で、王城の敷地内に設立された。それが時代を経るに従って拡張して現在に至ったのだと。
「でも、どうして城の敷地に研究室があったんですか?」
「それは、研究室の主が王家の関係者だったから、ですね」
図書館の正面に向かって歩きながら、沙彩は周囲を見渡す。窓は大きすぎず、しかし凝った装飾が施されている。等間隔に街灯のようなものが立っていて、その天辺には人間と四足の動物の意匠が取り付けられている。
「あれは……大型犬?」
「でなはくて狼ですね」
正面に辿り着くと、出入り口と思われる大きな扉の上にも同じ意匠のレリーフがあった。これが図書館のマークなのかもしれない。
扉を
階段の隣で、子どもたちに向かって話すデイビットの姿があった。一瞬目が合い、少し面倒くさそうな表情をされた。カイリの顔を見ると、にこやかな笑顔を浮かべていた。もしかしたらデイビットはカイリの行動を理解したのかもしれない。
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