対策会議 その2

 突然の申し出に、沙彩はおそらく生まれてから一番マヌケな顔をした、と思う。

 先ほどまで自分の境遇の危うさについて話していたはずなのに、どうしてここで働くという提案が出てきたのか、頭が追いつかない。

 沙彩の心情を察したのか、クラリスがこほん、と咳払いをする。

「カイリ、その提案の経緯を教えてください」

「はい。先ほどの話の続きですが、ミドーさんが無事にニホンに戻る条件は“召喚魔術の影響下から外れる”こと、そのためには召喚魔術の破棄が必須となります」

 将来発生するかもしれないリスクを回避するためには、手間でも今対処する必要がある。

 カイリは立ち上がり、ホワイトボードにいくつか文言を書き始めた。キュ、キュ、とペンが書き記す軌跡の音のみが部屋に響く。


 条件:召喚魔術の影響下から外れる→召喚魔術の破棄

 魔術破棄までの過程

 ①魔術師の特定

 ②魔術師と召喚獣の接触

 ③召喚魔術の破棄


「ミドーさん、こちらの文章は読めますか」

 突然話を振られて、思わず大きく頷いた。違和感なく読んでいたが、言語魔術をかけられていたのを思い出した。

 カイリは「わかりました」と頷き返し、クラリスたちに向き直る。

「まず、召喚魔術を行使した人物の特定ですが、ミドーさんの召喚された場所が“魔導図書館の敷地内”ということで、ある程度絞り込むことが可能かと思います」

「えっ……どうして」

 沙彩が声を上げると、エミリーと呼ばれた女性がこちらを向いて口を開いた。

「召喚魔術は使役する生物を呼び出すことを目的とした魔術、すなわち自分のいる所に来てもらうことが前提になるの。仮に不完全な内容だとしても、主人からそう遠くには召喚されないわ」

「はい。その点から考えると、魔術師は魔導図書館を利用もしくは勤務している可能性が高いでしょう」

 それはカイリたちにとっては同僚ですら疑いの対象になる、ということになる。しかし、彼らはそれすら想定内だというように、素知らぬ様子で話を続ける。

「けどさ、うちの職員だけでも相当な数だぞ? 利用者も含むとなると、特定するのは無謀に近いと思うんだが」

 デイビットの反論に、カイリは――その言葉も織り込み済みという顔で――とある本を取り出した。

「これは言語魔術の論文集ですが、召喚魔術と言語魔術に関する実験結果が記載されていました」

 カイリがページを開く。

「諸々の過程は省きますが、この実験では主人以外の魔術師が召喚獣に言語魔術を行使した場合、言語の聞き取りに関して障害が発生したとのこと」

 カイリはそこで言葉を一旦区切り、一呼吸置いて口を開いた。

「召喚獣たちに聞き取りしたところ、全員が『周囲の言葉は理解できるのに、主人の言葉だけ聞き取れない』『主人の言葉が、気持ち悪くなった』と証言したそうです」

「歪んで……?」

 カイリが言う現象に、沙彩は昨日の出来事を思い出す。こちらの世界に来たばかりで、言葉が聞き取れなくて――。

「何かの言葉なのはわかるけど、内容は理解できなくて、聞き続けるのがとても嫌になる感じ……?」

「それです。ミドーさんはすでに経験していたのですね」

「でも、ディケンズさんの声はずっと聞こえていました」

「カイリは特殊仕様なので、その定義に当てはまらないんです」

 クラリスの言葉に、その場にいた図書館側のメンバーが大きく頷く。

「それはそれとして、彼女に言語魔術が作用したというのなら、その実験通りのことになるかもしれないということね」

「そういうことです。今のミドーさんは我々の言葉が理解できる。それができない相手がいれば」

「そいつが召喚魔術を使った奴ってことだな」

 パチン、とデイビットが指を鳴らし、カイリが頷く。

「対象の魔術師さえ判明すれば、魔術の破棄自体はいくつか方法が考えられます。ただ、最も確実に破棄させるためには、一定の距離内にミドーさんと相手の魔術師がいる必要があります」

 カイリが提示した内容に、エミリーが「なるほどね」と呟く。

「つまり、カイリはミドーさんが件の魔術師と接触しやすいように、図書館内を自由に動けるような立場を用意すべきだ、と。クラリス、どう思う?」

「そうですね。最終的にはミドーさんに決めてもらうとして、私は危険ではと思うのですが。デイビットはどうですか」

「そうだな……俺は悪くない案だとは思う。少なくとも手がかりになりそうなことがある、ってことだけでも一歩進んだんだ。これを生かさない手はないだろうよ」

「……ということだけど、ミドーさんはどう思う?」

 エミリーが沙彩に話を振る。

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