2章 異世界人、見習い司書になる

2日目の朝

「……眠い」

 沙彩は眠い目をこすりながら、クロエに連れられて簡易宿泊所を後にした。その手には自身の荷物の他に、昨日届けられた本が二冊ある。

「夜更かしは感心しませんよ」

「緊張して眠れなかったんです……」

 簡易宿泊所は快適だった。ご飯もおいしかったし、布団もふかふかしていた。事前に沙彩の出身地を聞いていたらしく、食事の際は箸でいいのか、部屋は布団かベッドのどちらがいいのかなど質問された。どうやら沙彩が考えていた以上に、日本に対する理解があるらしい。

 そうして寝所に入って後は寝るだけの状態になってから、なかなか寝付けなかった。やはり見知らぬ土地で眠るということは緊張することなのだと実感した。これは夢で、次に目覚めたらいつもの自室だというのなら無理にでも寝ようとするが、それでもすぐに寝入るとは思えなかった。

 そういう状態になって、ようやくこちらの世界の本に手を伸ばした。眠れないときには読書、という思いからだった。

 二冊のうち片方はこの土地――ライオネル王国について書かれた本だった。自然や歴史、産業などがわかりやすくまとめられた、どちらかと言えば子ども向けの本だった。小学生の時分に調べ学習で使用するようなものだったが、今の沙彩には非常にありがたかった。あまり難しい文体だったらパンクしていた。

 そしてもう一冊も児童書で、『あかいかみのまほうつかい』というタイトルの童話だった。ストーリーは至って単純で、魔法が使える女の子が人々に魔法を広めたというもの。あっさり読めたのだが、もう一冊を読み直して、何かが引っかかって童話を読み直す。そしてもう一度……というのを繰り返しているうちに寝落ちしたのである。

「どうです? 本はお気に召しましたか?」

 クロエの問いに、沙彩はまだ眠い頭を回転させて答える。

「ええと……引っかかるというか何というか……うう、言葉が出て来ない……」

「あらあら」

 必死に言語化しようとする沙彩を、クロエはくすくす笑っていた。猫もそんな笑い方をするのかと変に感心する。

「その本の感想はカイリに言ってあげなさいな。ここまで考えて読んでくれるとは思ってなかったかもしれませんよ」

 時間が経てばこの感想も上手く整理できるかもしれない、ということだろうか。

「……そうします」

「よろしい。ではこれからの予定についてお話しさせてもらっても?」

 昨日来た道を、今朝は反対方向に歩く。この先にあるのは、魔導図書館だ。

 沙彩が頷くと、クロエは少し声のトーンを落とした。

「図書館でカイリたちと合流し、サーヤさんの今後の方針に関する会議を行います。わたくしはサーヤさんにも同席してもらおうと考えています」

「……え?」

 突然の展開に一気に脳が覚醒する。

「私がいても問題ないんですか?」

「ええ。あなたには直接聞いていただき、返答してもらう方が良いと思うのです」

「なるほど……?」

 事情が飲み込めない部分があるが、知らない所で決められたことより、自分の意思で決める方がまだ受け入れられるだろう。

 とは言っても、知り合いは昨日会ったばかりの人たちと目の前の人語を話す猫、あと巨大な爬虫類の自分に何が決められるというのだろうか。

 一抹の不安を抱えながら、沙彩はおとなしくクロエの後を追った。

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