その後の魔導司書たち
クロエが一度戻り、本を持って再度退室した後の部屋。ここは魔導図書館内に複数ある事務室のひとつであり、カイリたちが普段から使用している拠点である。
そして、
「……マジで?」
デイビットが驚きの声を上げる。
彼とエミリーは二人が不在時に起きたこと――はぐれ召喚獣ことサーヤ・ミドーの確保に関するあらましを聞いていた。
この件の問題点にいち早く気づいたのはエミリーだった。
「そのミドーさん、だっけ。召喚獣としての素養はありそうなの?」
「本人の素養は未確認ですが、魔術やそれに類するものが存在しない世界から召喚されたことは間違いないです」
「だよな。時々ニホンからの来訪者もいるけどさ、魔術は使えないって言うし」
「使えるかもしれないって聞くと目を輝かせる率も高いですよね」
カイリたちは召喚魔術を介せずにやって来た異世界の出身者を「来訪者」と呼び、召喚獣と区別している。来訪者は本人の意思に関係なくこちらに迷い混むというケースが多く、体質的にこちらの世界に適していなかったという事例も多数ある。
しかし、召喚獣の場合は“魔術師側の意思”がある程度反映される。必ずしも希望通りになるとは限らないが、熟練した魔術師ほど成功率は高くなる。
つまり。
「その子を召喚した人は、“人間の女性”を望んで魔術を使った可能性が高いということね」
カイリはポケット内のメモを取り出した。いつかの雑談で似たような話題があり、メモした覚えがある。
「……例の婚活、ということですか」
口にして、寒気立った。
こんな用途での魔術行使は認めてはいけない。召喚された人間からすれば、魔術師側の願望という理不尽な理由で住み慣れた世界から勝手にこちらの世界に来させられたということだ。彼女を保護した立場の人間として、そして一人の魔術師として許してはいけない。
その場にいた全員の表情が曇る。どうやら同じ思いらしい。
「今回の件がその噂通りだったとしたら、俺は相手をぶん殴る」
「同感よ。正直気持ち悪さしかない」
「ただの噂だと思っていたんですけどね。念のため追加で報告しておきます」
「お願いね、クラリス。場合によっては禁止事項に追加するよう提言しなくてはいけないわ」
――魔術師たる者、皆の幸福を願って魔術を使用すべし。
魔術の創始者が弟子たちに残したとされる言葉は、魔術を学ぶ者が最初に教わる事柄だ。それを違えるような魔術の使い方を発見し次第、上層部に報告するのも魔導司書の仕事。そして今回はそれに抵触する可能性がある。
それ故に、注視しなければならないのである。
「ところで、カイリ」
エミリーがカイリに問いかける。
「館長に言われて、またあの本を選んだんでしょう?」
ぐ、とカイリは言葉に詰まった。
「あー、『あかいかみのまほうつかい』か。あれ児童書だろ?」
「い、いいじゃないですか! もう一冊はちゃんとこの国についてわかる本を選んだんですから!」
「デイビット、児童書を舐めてはいけません。意外とわかりやすいです」
「そうだけどさぁ」
「まあ、館長の希望には沿っているとは思うわ。この国で広く普及している物語だし、史実を基にしているし」
確かに『あかいかみのまほうつかい』はカイリのお気に入りの物語だ。そして、この国の魔術師は必ずと言っていいほど、この物語を聞いて育っている。
(ミドーさんは読んでくれるでしょうか……?)
明日以降、どこかのタイミングで感想を聞こう、とカイリは密かに考えていた。
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