黒猫の館長

「――まったく、何をやっているのかしら」


 突如第三者の声が聞こえる。周囲を見回すが誰もいない。

「ここよ、ここ。足元」

 その声に促され、沙彩は自身の足元に目をやる。

 そこには一匹の黒猫がお座りの状態で見上げていた。右耳には赤い石が付いた金色のイヤーカフが光っている。

「猫……?」

「館長、お帰りでしたか」

 カイリの言葉に、沙彩は何度目になるかわからない驚きの表情をした。

「ええ、ただいま戻りました。それと初めまして、異世界からのお客様。サーヤさんとお呼びした方がよろしいかしら」

 一蹴りで机の上に飛び乗った黒猫は、流暢な言葉で挨拶をする。

「わたくし、王立魔導図書館の館長を任されていますクロエと申します。以後お見知り置きを」

「み、御堂沙彩です」

 慌ててお辞儀をすると、クロエは満足そうに尾を揺らした。

「とても良い子ですね。ここからはわたくしが引き継ぎましょう。……その前に、カイリ」

「はい」

「魔術の重ね掛けを」

「……そうでした」

 それも忘れてたのか、と沙彩は内心突っ込んだ。やはり最初とのギャップが凄い。

「えっと、今から改めて魔術をかけます。ミドーさんのお名前が判明しましたので、先のものより強力な魔術になります。これで会話だけでなく文字も読めるようになる……と思います」

「……何で最後はふんわりしているんですか」

「それはミドーさんしか効果が実感できないので……」

 その理由には納得できる。会話は相手がいて言葉を交わすことで成立するが、文字の判別は自分が読めるか否かの問題だ。

「では、始めましょう」

 カイリの言葉が合図となり、彼の手元から光る文字が浮かび上がる。それが徐々に延伸して、沙彩の元に辿り着いた。

「《其の者、名はサーヤ、姓はミドー、此の地において其の言の葉、我らが言の葉と違わぬこと、カイリ・ディケンズが証として新たに示す》」

 文字はカイリの発する文言に呼応し、輝きを増した。そして文字が浮かび解け、沙彩を何周か巡って空中で消えた。

「……これで大丈夫かと」

「そうね。後で何か文字を読んでみましょう」

 クロエが再度尾を揺らし、机から飛び降りて沙彩を見上げる。

「ではサーヤさん、これから簡易宿泊所に案内します。クラリス、書類の提出を」

「はい」

「カイリ、私が戻るまでに、この国について簡単にわかる本を二冊用意してください」

「承知しました」

 それぞれの返答を聞くと、クロエは部屋の出口の方向へ歩き出した。

 沙彩は慌てて立ち上がり、「ありがとうございました」と会釈をして部屋を退出した。


 部屋に残されたカイリとクラリスは揃って溜息を吐いた。

「……やらかしましたね」

「後で館長に叱られましょう」

「では、僕は書架の方に行ってきます」

「了解です。私も王宮に行くので施錠しておきます」

 これから忙しくなりそうだ、と気持ちを切り替え、各々の目的地に出発した。

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