召喚魔術


 カイリと名乗った青年に連れられて、沙彩はレンガ造りの建物の裏手に来ていた。そこには重厚な見た目の扉があり、見慣れない文字が書かれた金属板がかけられていた。

「ああ、すみません。意思疎通を優先したので聞き取りの方は問題ないようにしたのですが、視覚の方はまた後で……」

「……いえ、気にしないでください」

 眉を八の字にして謝る彼は少々頼りない感じがする。しかし、先ほど困っていた沙彩に手を差し伸べたのは間違いなくこの人なのだ。

(ギャップが凄い)

 どちらが素なのかわからないが、少なくとも今の自分を助けてくれる人なのだろうとは思う。

 扉を開けると薄暗い通路があった。足を踏み入れた瞬間、りん、と小さく鈴が鳴ったような音が聞こえた。そのまま進むと、明かりの灯った部屋が見えた。扉は外のそれとは違って、沙彩が昔通っていた学校の職員室のような印象を受けた。

 カイリはノックもせずに部屋の扉を開ける。中にいた丸眼鏡をかけた女性がひとり、こちらを向いた。

「お疲れ様です。……おや、そちらの方が」

「はい。クラリス、書類の準備をお願いします」

「了解です。では、そちらのお客様。申し訳ないですけど、こちらにどうぞ」

 女性に促されて、沙彩は部屋の一角に用意されていた椅子に座らされた。机を挟んで向かいには、カイリと女性が座った。

「どうも。私はクラリス・サニーと申します。ディケンズからどこまで話を聞いていますか?」

「……全然」

「すみません。やもりさんがいたので後回しにしました」

 カイリが白状すると、クラリスは「仕方ないですね」と溜息交じりで呟いた。

「失神しなかっただけ申し分ないレベルです。同期のシャルルはその場で泡を吹いて倒れましたから」

「クラリスはやもりさんに馴れるまでが早かったですからね」

「わりと爬虫類は大丈夫なんです」

 クラリスが書類に何かを書き込むが、沙彩には全く読めない。これがこちらの文字なのだろう。

 少しして、クラリスが書類とペンを差し出す。すると、先ほどは理解できなかった書類の文字が読めるようになっていた。

「名前と性別、年齢、出身国の記入をお願いします。言語はあなたが普段使用しているもので結構です。認識魔術でこちら側も読めるようになっていますので」

「そうなんですか……」

 便利なものだ、と思いながら、沙彩は必要事項を記入する。

 記入し終わってクラリスに書類を返すと、彼女とカイリが一緒に内容を確認する。

「ニホンのミドー・サーヤさん、女性、二十歳ですね。確認ですがサーヤが名前で間違いないでしょうか」

「はい、そうです」

「了解しました。では両手を出してください」

「はい……?」

 指紋でも採るのかと思い言われた通りに手を差し出すと、クラリスがじっくり観察する。

 そして、

「ありました。召喚紋で間違いありません」

 左手の手首に見覚えのない紋様が浮かんでいた。

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