接触 その2

「あなたは、ここがどこかわかりますか?」

 バツ。

「あなたは、僕の言葉以外がわかりますか?」

 バツ。

「気がついたらここにいましたか?」

 丸。

「僕に会うまでに、言葉が聞き取れる人はいましたか?」

 バツ。

「……やもりさんは怖いですか」

 丸。

 ああ、やっぱり、とカイリは溜息を吐いた。今も背後から何となくしょんぼりした感情が伝わってくる。こんなことを訊いてしまって申し訳ないので、後で謝罪とお詫びの品を渡さねばならない。

 その間にも、カイリの足元には流れるように文字が現れる。これを理解できるのは、この国の魔術師の中でもほんの一握りだろう。言語魔術を他者に対して発動させるには、細心の注意を払う必要がある。

「名前を聞いたら、もっと強力な魔術がかけられるんですけどね……!」

 仕方がない。簡易的なものになってしまうが、後で重ね掛けをすることで補完できるはずだ。

「《其の言の葉、我らが言の葉と違わぬこと、カイリ・ディケンズが証となる――!》」

 カイリが詠唱を終えると、地面の文章が輝き空に浮かんだ。そのまま文字がほどけて消える。

 これは世界との契約の一種だ。カイリが証人となることで、この場所では相手の言語とこちらの言語の相違がなくなるという内容の契約を言語魔術で結ぶ。

「……何が起きたの?」

 どこか呆然とした、少々高めの声が相手の口から零れた。

 魔術は成功した。

「一時的ですが、我々が問題なく会話ができるようにしました。その様子ですと、魔術には馴染みがないようですね」

「魔術? どういうこと?」

 これも想定内の反応。どうやら魔術が存在しない世界の人物のようだ。後で詳しく説明しなければならない。

 そこまで考えたところで、また相手が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。その原因にカイリは頭が痛くなる。

「やもりさん……今は諦めてください」

 カイリの頭上からやもりさんが覗き込んだのだろう。観察したがりな性質なので仕方ないのだが、先ほど怖いと表明されたばかりなのに懲りていない。

 またしょんぼりしたやもりさんが顔を引っ込めたところで、カイリは改めて相手に目線を合わせて一言告げた。

「異世界からのお客様、ようこそライオネル王国へ」

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