やもりさん、現れる

 ライオネル王国は魔術王国として広く知られている。身分の貴賤、出身を問わず多くの人々が魔術を学び、魔術に慣れ親しんでいる。他国からの留学生も多いことから、独自の魔術の開発も盛んだ。

 カイリは王立魔導図書館に所属している〈魔導司書〉の一人である。通常の司書としての業務の他に、魔術的な事案も担当しているこの国独自の職業だ。

 彼が図書館の敷地内を歩いていると、横からぬっ、と大きな影が光を遮った。

「やもりさん? まだ夜ではないのですが、どうしたんですか」

 やもりさん、と呼ばれた巨大な影――もとい巨大なヤモリはぎょろりとした目でカイリを見た。最初は非常に怖かったものの、今ではすっかり慣れたものである。

 やもりさんが姿を現すのは夜間か暗所が多い。それなのにまだ日が高い時間帯に出てくるということは、それだけ非常事態ということの証左だ。

「……召喚魔法の異常ですか。はぐれ召喚獣もいるかもしれませんね。わかりました、案内をお願いします」

 カイリは専門魔術の特性上、やもりさんとの意思疎通が可能だ。要件を確認して瞬時に問題を弾き出す。

 すると、やもりさんがカイリの胴に舌を伸ばして絡めとる。そのままひょい、と自身の背に乗せてペタペタと走り出した。

「いや待って?! 速い速い! 怖いから待って?!」

 カイリの悲鳴と共に、やもりさんは疾走した。


* * *


 御堂みどう沙彩さあやは困惑していた。

 大学の講義が終わってようやく帰るぞというタイミングで、彼女は突然謎の光に呑まれてしまった。視界が白で塗りつぶされる! と思って目を瞑った次の瞬間、耳元を何かで覆われたような感覚がした。耳を塞がれてしまったような、そんな奇妙な感覚だった。

 そして、左手首に熱いものが触れたような痛みが走った。思わず大きく手を振ると、バチッ! とやけに大きな音が響いた。

 そうして気がついたときには、見知らぬ場所で立っていたのだった。

「〇△? ×□〇★■□?」

「〇〇〇、▽★▲★?」

 周囲にいる人々が何を言っているのかがわからない。

 言語が聞き取れないだけならまだよかった。そうではないのだ。“言葉が歪んで聞こえる”のだ。言葉も“おそらく言葉なのだろう”程度しか認識できない。聞いていて不快でしかない状態だ。

(さっきの変な感覚のやつのせいだ……!)

 その場で蹲り、耳を塞いだ。何も聞きたくない。聞いたところで気持ち悪くしかならない。早く帰りたい。

 そんな時、左手にぬめっとしたものが触れた。驚いて顔を上げると、ぎょろりとした目の爬虫類がいた。しかも尋常ではない大きさだ。人間の何倍もある。

「ひっ……!」

 声を上げようにも、息を吸ってしまい音にならない。逃げようにも腰が抜けてしまったようで、立ち上がることすらできない。

 襲われる、と覚悟した。――が。

「大丈夫ですか!」

 聞き取れる言葉が、なぜか爬虫類の頭上から聞こえた。

 続けて眼鏡をかけた人間(だと思われる)が、ひょっこりと顔を覗かせた。


* * *

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