【カット分】一方その頃…⑤

※結局どこに入れて良いか分からず、分割することに。

※インフィの章01のオーンが連れ去られた後です。

 雰囲気最悪なので読みたい方だけどうぞ。


 私は混乱していた。

 ユーリが大慌てで私の部屋に入って来たから。

 彼女の説明は要領を得なくて、まぁ、小さな子だからしょうがないのだけれど。

 理解するまで時間がかかったから。


 彼女が何を伝えたかったのか、分かった時は衝撃を受けた。


「オーンがおさかなさん?に連れ去られたの!?」

「そうなの!どうしよう?どうしたら……」


 そんなはずがない、と思いつつ、何回も確認したことでもあるし、見間違いでもない、と分かっているだけに、私は、頭の中が真っ白になった。


「だ、大丈夫よ。オーンなのよ?きっとすぐに帰ってくるわよ」


 と、口ではそう言いつつも、不安は私の中に居座ったままで。

 それが彼女にも伝わっているのか、落ち着きがないままで。


「とにかく、待ちましょう。きっと、すぐに何でもない顔して戻って来るわ」


 それは、私の願望で。

 それでもいてもたってもいられない様子のユーリは、私の手を引いて外に連れ出そうとして。


 トントン、と私の部屋の扉が叩かれた。

 

 その音に期待して扉を開けると。


 そこに立っていたのは、オーンではなく。

 表情をくもらせた様子のルアラといつも通りの先生スアクだった。



 その暫く後で、私たちは食堂にいた。

 気が付けばお昼で、ルアラが何か食べた方がいいと提案してくれたから。


 けれど、いつも元気いっぱいのユーリが私とルアラの様子を感じ取ったのか、だんまりで。

 先生は、さっきまで、いつも通り話続けていたけれど、ユーリに、お馬さんうるさい。と一言言われてからは、それがよほどショックだったのか、無理のある笑顔で、少し歩いてくるわね、と言って、外に出て行ってしまった。


 食堂はしんと静まり返っていて……開きっぱなしの扉から、料理の音が聞こえてくる。このことをそれを察してくれたのか、それとも、彼女らしくも無く、ドアを閉めることさえ忘れてしまっているのか。


 いい匂いもしてくるけれど、いつものようには食欲がそそられない。

 お腹が減っていると心細くなることは理解しているけれど、だからといって何かを食べようという気にはなれなかった。


 オーンは特別にぎやかな人ではないけれど。

 彼がいないだけで、この屋敷は随分と静かになるのね。


 そんなことを思いながら、私は手元の本に目を落とし。

 もう大分前から内容が分からなくなっている状態で、また一枚をめくった。



 ルアラは先生の居場所を尋ね、無言で空席を見ると、彼女の分を片付けて来た後、自分の席に座った。

 そうして、誰も皿に手を付けることなく数秒が経過して、はっとした様子のルアラがぎこちなく、食べていいよ。と言って、昼食に手をつけた。


 そういえば、これもオーンが全員座ったことを見計らって合図を出していたわね。

 確か___さ、それじゃあ頂こうか。だったかしら。

 最初の頃は、農民の割に丁寧な言葉も知っているのね、と思っていたけれど___


「食べたくない」


 そう言ったのはユーリで。

 彼女はフォークを置いて、彼女の椅子に付いた階段を早足で降りると、スアクが空け放したままになっていた扉から、食堂の外へと出て行ってしまった。


 それを無言で見送っていた私たちは、顔を見合わせてため息を吐く。

 いつもなら、連れ戻して、我儘わがまま言わないの、と言うところだけれど。

 今はそれさえ億劫おっくうに思えるわ。


「……アナンタもいらない?」

「……食欲は無いけれど、食べないと。そうでしょ?」

「………いらないなら、いいよ」


 まさか、ルアラの口からそんな言葉を聞くなんて、思いもしなかったわ。

 思わず顔を上げて彼女の顔を見れば、彼女は私に苦笑して見せた。


「分かっちゃったんだ。オーンがいないと、私の料理はこんなにもあじけない。私が、そうおもっちゃったから」


 そう言って、彼女は黙り込み、黙々と炒めた野菜を口へと運ぶ。

 それを見ていられなくて、私も無理やり口に料理を運んだ。


 その日の昼は、初めて胸やけを感じた。

 いつもは、そんなことは無いのに。



 戻ってきた先生は、ユーリの状態を聞いて、彼女を捕まえてきて、嫌がる彼女に、『オーンが帰ってきた時、病気して寝込んでいたら良くないでしょう?』『元気いっぱいお迎えしてあげないとね』なんて言って、どうにかこうにか食べさせようと頑張っていた。


 私にはとてもそこまで出来なくて、ルアラと、もしもオーンが帰ってこなかったら、の相談をしていた。


 ルアラは、食事の後は、恐いぐらい無表情で、けれども、相談には付き合ってくれた。

 もしかしたら、私との相談の裏で、何か別の考え事をしていたのかもしれない。

 私も、ただ、何もしていない無言の時間が嫌だったから、そうしていただけ、なのかもしれなかった。


 私の相談事は、段々と屋敷のことから、オーンのことに移っていって。

 思わず私は、無表情のルアラに、悲しくないの?と尋ねてしまって。


 そうしたら、彼女は思い切り、自分の両頬を張った。

 大きな音が鳴り、彼女の頬が薄っすらと赤くなる。


「ど、どうしたの?大丈夫?」

「……大丈夫じゃないけどだいじょうぶ」


 彼女はそう言って、何かを我慢するようにぐっと唇を引き結んで。


「私は何も言わずに行っちゃったオーンに怒ってるの。かなしくなんかない」


 そうして、私に強い視線を向けた。

 普段はしないような、射貫くような視線だ。


「アナンタはどうなの?」

「わ、私は」


 色々な感情が、私の中でぐるぐると回って。

 最後に残ったのは、やっぱり。


「私も、怒ってる。それに、寂しいわ」

「そう。じゃあ、帰って来たら、お説教だね」

「そう、ね」


 そうよ。私は悲しくなんかない。

 だって、オーンが私に何も言わずに、どこかに行っちゃうなんてあり得ないもの。

 私はオーンのことを信じているわ。だって、あの、精霊のことすら知らなかったオーンよ?

 無事に違いないもの。


「それじゃあ、帰ってきたら、思いっきり悪口を言ってやるわ」

「うん。そうして」

「ルアラも言いましょうよ」

「私は、できない」


 なんで?とそう尋ねたら。


「言い始めたら止まらなくなっちゃうし、手が出ちゃうと思うから」


 と、そう言って、瞳の中に炎を揺らめかせた。

 ……そういえば彼女は魔族だったわね。

 彼女にも立派に魔族の血が流れている、ということね。

 あまりに人間みたいだから、すっかり忘れていたわ。


「……ありがとう」

「? なにが?」

「なんでもないわ」


 ルアラのお陰で、気持ちの整理がついたのよ?

 でも、彼女は分からないみたいだったけれどね。


 それはそうと。


「悪口はともかく、帰ったら問い詰めてやらないとね」

「それは、もちろん」


 私とルアラは顔を見合わせて、しっかりと頷いた。

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