【番外編】銀狼と金獅子
※時系列は浮雲の彼方の章のどこかです。
「よぉ、シクヴァス家のお嬢さん」
その男は暗い部屋に、のっそりと入って来た。
窓から差す月の光が、その灰色の瞳を映し出す。
それはまるで、銀色の宝石のようだった。
ドアの開く音に身を起こした少女は、震える手を隠し、平静を装って答えた。
「そう、知ってるのね」
「まぁ、そこそこ有名だからな。金獅子は」
間違いない。この男は知っている。私の素性を。
そう確信した少女は、暗闇に慣れた目で男を観察する。
どうやら知らない相手ではないと理解した彼女は、ゆっくりと息を吐いた。
「そういうあなたは、銀狼と言ったところかしら」
張り詰めた空気を和らげたくてそんな冗談を言えば、男はにやりと笑った。
「そんな大層なもんじゃねぇが。格好良い呼び名だな、気に入った」
男は一歩部屋に入ったところで止まり、それ以上入って来ようとしない。
それが彼の信条なのか、それとも他に理由があるのか。
とにかく、そのやり方は少女の安心に一役買っていた。
「でも、今の私はもうシクヴァスの名は捨てたわ」
「そうか。でも、金獅子はそうは思ってないみたいだぜ?」
「あんたは何を知ってるの?探してこいと言われたわけ?」
しかし、男の態度とは裏腹に、男の言葉は少女の心をかき乱す。
少女は険しい顔で男を見つめ、それを男は気にもせず続けた。
「いいや?俺はただの風来坊さ」
「じゃあ、何のためにシクヴァス家のお嬢さんに会いに来たわけ?」
核心を突いた問いかけに、しかし、男は答えを用意していなかったのか。
「興味本位がまず一つ。血眼になる理由が知りたくて一つ。ん?一つだったわ」
と、曖昧に答える。
少女は追手を警戒していたが、見当はずれな回答に内心、胸を撫で下ろした。
「……そう。でも戻る気は無いわ。ここでの暮らしはそれなりに気に入ってるの」
「そうだろうな。ここは快適だもんなぁ。分かるぜ」
その雑な回答に、少女は辟易し始めていた。
では目的は一体何だと言うのだろうと。
先ほどから自分と会話することが目的のように感じた少女は、用件を催促した。
「……で?それだけじゃないんでしょう?」
「よく分かってるなぁ。これを渡してこいって言われたんだ」
ようやく果たされる目的。それは手紙のように見えた。
少女には模様までは分からないが、封蝋がなされていることが伺えた。
「それは?誰から?」
「お嬢さんがよく知ってる人からだと思うぜ。よろしく頼むって言われたし」
「ふぅん。まぁ貰っておくわ」
少女は見当は付いていたが、それを男に教える
近づいてきた男からあっさりと受け取り、手元に置いた。
「これで任務達成。先払いだったから、もう用は済んだ」
「それじゃあ、私も特にあんたに用は無いから」
話はもう終わりと切り上げる少女に、男は器用に目で抗議して見せたが。
反応の薄い少女に、男は鼻を鳴らした。
「冷たいこって。んじゃ」
「ええ。さよなら」
男が去って行くなり、少女は便箋の宛名を確認したが、何も書かれていなかった。
とはいえ、誰からかはもう薄々気が付いてはいた。
「一体誰から……って言っても一人しかいないわよね」
ペーパーナイフなどは無いため、中を破らないように慎重に封蝋を開ける。
中に入っていたのは2つ折りの植物紙だった。
「前から、気に掛けてくれる人はあの人だけ……やっぱりだわ」
しかし、読み進める内に少女の表情が曇って行く。
何か良くないことが書かれているようだった。
「……えっ そんな」
「……でも、もう私に出来ることなんて」
「………」
「ごめんなさい。お師様、私は___」
手紙を読み終えた少女は何を想うのか。
彼女は謝りながら、一つの決意を胸に抱いた。
ただのアナンタへ
元気してるぅ?私は元気だよひゃっほい!
ところで、先日、先生をクビになりました。でも心配しないでネ。
元の旅ガラスに戻るだけだからサ。
ただ、私のことは探さない方がいいかも。
っていうのも、まだ、監視されてるみたいなんだよね。
私と会うとキミが危ないかもしれないから、寂しいかもしれないけど、しばらくはそれぞれの人生を謳歌しようじゃないか。
これが届いたってことは、少なくとも無事に暮らしているということだろうからネ。
またね!また会える日を楽しみにしてるヨ!
P.S.
東方に向かいますん。もしもの時は頼らないでネ!
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