【番外編】精霊と奴隷商と行商人
※時系列はワロンの章05の後になります。
※直接表現はありませんが、間接的に暴力、残酷描写が想像できる表現があります。苦手な方はご注意ください。
「この先で精霊と奴隷商が揉めてるんだが、どうする?」
その報告がA級パーティーの斥候担当から上がったのは、屋敷への路程を半分以上抜けた時のことだった。
地図で言えば南西の位置に当たる。
とすれば、なるほど。
密入国者が精霊に呑まれる寸前、といったところだろうか。
「助けるか否か。どうする?仮面の大将」
「その呼び方は止めてくれと何度も……、そうだな。荷は?」
次いで、リーダーが私に判断を投げて来た。
普段の私であれば関わらず素通りするところだ。
だが。
今回は取引相手からのお願いもあるため、接触の必要があるならする他無いだろう。
ただ……
「それから、精霊相手にどこまでやれる?」
「荷は見た時は無事だった。奴隷商が精霊相手に押し問答していた。精霊は人語が放せるタイプで、小人型。表情はのぞき見した所からは伺えなかったが、まぁ、今頃ブチギレててもおかしくないな。俺はお願いされても精霊はパスだ。追加報酬があるなら考える」
一息にそこまでを話し切った斥候担当は視線を他のメンバーにやった。
「私は何があっても嫌」
「俺は報酬次第」
「俺も報酬次第だ」
「俺は……まぁリーダーだし、大将の決定に従うぜ。ただ、報酬は倍額出してもらう。シスも覚悟決めな」
「げ……。はぁ、分かったわよ」
魔法担当以外は報酬次第か。……ふむ。
彼らに支払う予定だった報酬は、Aランクパーティーに相当する程度の金額ではあった。
多く資金が手に入ったからと言って、そこをあやふやに多く払うようでは商人の風上にも置けない。だから、倍額出しても問題はない。
無いが。
商人とは常に利益を見据える者だ。
勝算はあるのか。
そこに尽きる。
「全員で掛かって何割だ」
「討伐は絶対に無理だ。抑えることも隙を見て一瞬。ジク、奴隷商の馬車は?」
「魔獣馬が引くには耐え切れないだろうな。ただ、短距離、そうだな、逃げ切れはする」
私は精霊にはこれまで関わってこなかったが、やはり目視した時点で逃げるのが正解らしい。
Aランクパーティーでさえ倒せない上に、抑えることでさえ一瞬しかできないとは、やはり化け物の類か。
本当にやるのか、と私が逡巡していると、リーダーが私に声を掛けた。
「俺はどっちでもいいぜ?大将。あんたが決めるんだ」
「もし、失敗した場合どうなる?」
どうあれ、損失は常に考えなければならない。特に損失の幅は重要だ。
私が尋ねるとリーダーは少し考えてから口を開いた。
「精霊の怒りに触れるか、押し問答に巻き込まれるか。前者だと全滅もあり得るが、今の精霊のゴキゲン次第だな。押し問答なら、命は助かるが、精霊の気を逸らすまでどれほど時間がかかるか分からない。俺たちは構わんが、商人は困るんじゃないか?」
全滅もあるか。そうなるとやはり今どうなっているのかを知る必要がありそうだ。
「いや……分かった。見て決めてもいいか?見つからずに見ることは?」
「小人型なら視線を向けられさえしなけりゃ大丈夫だろう。ただ、油断はするな。10秒、いや、5秒だな」
「分かった。十分だ」
そうして私たちはその現場へと向かうこととなった。
「あれだ。ここから先は近付くな」
斥候担当の注意を受けて、私は木の陰からその様子を覗いた。
『いや、そう言われましてもね。私も商売でして』
『いいや。それじゃあ困る。全部置いてけ』
『それでは私は死ぬほかありませんよ』
『お前がどうなろうと知った事じゃない』
『そもそもどうして必要なんです?精霊様が人間なんか』
『そんなの決まってるだろ。ニンゲンで遊ぶんだよ』
なるほど、と思う。
精霊は奴隷商の商品が欲しい。だが、奴隷商は商品を持っていかれては堪らないとどうにか言いくるめようとしているように見える。時折、精霊の体がぶわりと大きくなり、奴隷商を威圧するが、奴隷商はそれをすぐに察知して、おだてつつ話を逸らす、と。
どうやら、奴隷商も精霊がどういうものかは事前に知っていたように見える。
だが、その認識が甘く、事前に避けるということをしなかったために、今足止めを食らっている。どころか、その商品を全て巻き上げられそうにすらなっている。
奴隷商の顔は青い。おそらく、もうどうにもならないと察しているのだろう。
私は斥候担当の無言の手指による指示に従い、その場を後にした。
「で、どうするんだ?」
「馬車だけ逃がすことは?」
「ははっ、いいね」
リーダーは私の言葉にニヤリと笑うと、すぐに真顔で回答を返した。
「全部は無理だ。何が欲しいんだ?」
「取引相手には料理人と言われている」
「料理人、か。ジク、どうだ?」
「あの距離からは無理だって。キー、分かるか?」
「ちょっと待ってろ。視てくる」
キーシャと言われたメンバーは、確か、弓を扱う後衛だったはずだ。
視線をリーダーにやると、彼が説明してくれた。
「あいつは目が良い。それに、人物鑑定を持ってる。商人なら分かるだろ?」
「……それでどうして冒険者なんて」
「人にはそれぞれ事情がある。あんたにもあるんだろ?」
「……ああ」
人物鑑定は非常に珍しいスキルだ。それだけで宮勤めにさえなれる。
だが、そうだな。私に都合があるように、彼にもあるのだろう。
少しするとその彼が戻ってきた。
「いた。1人だ。魔族の女だった」
「魔族!そいつぁ珍しいな!……で、やるのか?」
「やる。取引先も少し、いやだいぶ変わった御仁だから問題ないだろう」
「はは、大将、あんたがそれを言うのか?」
確かに、言われてみれば私も相当かもしれないな。
だが、今は目先のことに集中しよう。
「段取りは?」
「位置取りはもう見ただろうが、手前から精霊、奴隷商、馬車だ。キー、シス、ドル、俺が攪乱。ジクは馬車側で魔獣馬に乗って待機。攪乱が始まったらジクが動いて逃げる」
「私はどこにいれば?」
「大将は道で待機。合流して逃げるが、いざとなったら馬車は切り離す。それぐらいの覚悟は持ってくれ」
精霊の怒り次第ということか。だが、いざとなればあの取引先がどうにかしてくれ……いや、頼るのは良くないか。しかし、あんな場所に大きな屋敷を建てたのだから、精霊対策をしていないはずがない。
つまり、あそこまで逃げ切れば実質、逃げ切れたと考えて良いはずだ。
「分かった。よろしく頼む」
と、そういう話だったはずだが。
「ダンナぁ!!すぐ出してくれ!やつが気付く前に逃げ切れるかもしれん!!」
まず、女を抱えてくるはずの斥候担当が無手で到着、その後から女を抱えた前衛担当と他3人が森から走り出して来て、飛び込むように馬車へと乗り込んだ。
私はすぐに馬車を出す。その直後だった。
『あは、あははは、あははははは!!』
狂ったような子供の笑い声が響き渡り、彼らが居た場所から轟音と共に天高く何本もの杭が突き出した。ここからでも見えるということは相当な太さだ。天変地異にも等しいそれは、今もまだ突き出し続けている。
これが、遊びだというのか。
「行け!走れ!!早く!!」
斥候担当が焦ったように小声で叫ぶ。
魔獣馬も危機を察知したようで、指示を出していないにも関わらず速度を上げ始めた。ぐんぐんと速度は上がり、馬車が速度に耐え切れずガタつき始めたところで、ようやく轟音は鳴り止んだ。
それと共に馬車の速度も下がり、遠目にはあの屋敷が見えて来ていた。
「間一髪だったな」
「ああ、今までで一番危ないヤマだったかもしれん」
「俺、もう追加報酬貰っても精霊は相手にしないことにする」
「それがいい。俺も決めた。絶対精霊には関わらん」
「だから言ったのよ。私は嫌だって」
リーダーの一言を皮切りに、メンバーの全員が口々に話始めた。
必要な時以外はほとんど口を開かない彼らだが、今度ばかりは堪えたらしい。
斯く言う私も、もう精霊に関わるのは懲り懲りだ。
まだ、多くの接触を退けながらあの町で品を買い集める方がマシだと思えた。
「仕事とはいえ、済まなかった。報酬は3倍出す」
「……いいのか?そりゃ、俺たちにしてみりゃ、ありがたいが」
リーダーは遠慮する素振りを見せたが、私の中では確定事項だった。
「これだけ損を出せば、はっきり記憶に残るだろう。今回のような判断ミスを二度としないための、いわば戒め、といったところか」
「ははっ、なるほどな。そういうことなら遠慮なく貰うことにするぜ」
それに、と私は思う。
魔石はまだ10個以上もある。
これを無駄に使うことは避けるべきだが、今回ばかりは肝が冷えた。
そのために損害を出した方が良い、と判断したのだ。苦い失敗とするために。
「それはそうと、品は無事か?」
「あぁ、騒がれると面倒なんで昏倒させちゃいるが、問題ないぜ。ほら」
彼が指差した方向には、肌の色が青く、捩じれた2対の角を持つ女が座っていた。
衣服は襤褸切れ同然。首輪付きだが、刻印の点灯が無いということは、ふむ。
あれほどの天変地異だ。
生き残る方が難しいだろう。
だが、そもそもあの場所からこの国に入ってくること自体が間違いだった。
そして、精霊を甘く見たことが間違いだった。
私も、精霊を甘く見ていたが、もう今後はそのようなことも無いだろう。
「さて、もう少しで着く。それまでは護衛を頼む」
「ああ、生き残れたし、仕事はするぜ。なぁ皆」
口々に了解を返す彼らを見て、私は改めて生き残った喜びを嚙み締めた。
***
長くなる他、暴力、残酷描写が含まれる可能性があるため、一部カットしています。
何があったかはご想像にお任せします。
はっきりとは描写していないので、無理くりハッピーエンドにしても良いですよ。
ちなみにこれはノーマルエンドです。
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