番外編
【番外編】アナンタの日記①
……ようやく紙が手に入ったわ。やっと色々と書き残すことができるようになった。
オーンの奇行を後から検証するのにも役立つし、日課だった日記も書けるようになった。
……と言っても、当時のそれから考えると本当にただの日記になりそうだし、なんなら、オーンの観察研究書になりそうだけど。
何束か買えたから、しばらくはもちそう。
まずは、何はともあれ、あの変な魔法でしょう。
なんなのかしら、あれは。
詠唱も無ければ始動語も無いし、いわゆる魔法の枠組みを越えた何かのような気がしてならないわ。
……秘伝か何かなのかしら。
と、言うことは簡単だけど、魔法なのだとしたら、オーンは伝説の無詠唱の使い手ってことになっちゃうし。
それはなんだか、嫌だわ。仮に事実だとしても信じたくない。
だって、私は……
いや、それももう過去の話ね。私の誇りはあの男に粉々に打ち砕かれたから。
ひょいひょい魔法は使うし、魔石は作るし、家具だって……
だいたい、魔法で家具を作るって何よ。もう意味が分からないわ。
それに、仮に無詠唱の使い手だとしても、植物は生やせないはず。
だって、あれは生命を操作する禁忌に触れているのよ。本来は禁術指定のはずなのに。
農業魔法だって、植物の成長を促進させるものは無かったはずよ。
特殊な植物の成長条件を整えるものはあったと思うけど、それとこれとは話が別だし。
そもそも、禁術は知ることも許されない魔法で、その情報は
それでも使う人間が居るのは、それを私利私欲のために使おうとするからよ。
そういう欲にかられた人間は限度というものを知らないものよ。
そして、そういう人間は自分さえよければ他はどうでもいい悪人なんだから。
だっていうのに。
彼はそれを「庭に草を生やしたいから」ですって?
馬鹿も休み休み言いなさいよ。どこにそんな平和的な悪人が居るのよ。
……ううん、本当は私にもいい加減分かってる。
彼が本当に「ゆっくりのんびり暮らしたい」だけだって言うのは。
最初こそ、私も本当の目的を知ろうと探ろうとしていたけれど、一緒に過ごせば過ごすほど、彼の変な魔法は生活を豊かにするばかりで、誰かを傷つけるようなことは無かった。
そもそも人に向けるようなことをしていないものね。
私がまだ小さい頃に、そう教わったように。
なんだか、突然、似て非なる世界で暮らし始めた錯覚さえあるもの。
ここでは、誰もが自由で、何にも縛られなくて、そのままでいられる。
まるで、そう、まるで彼の庇護下にあるような……って、何を書いているのかしら。
彼が王様みたいな書き方。不敬ね。
でも、私の暮らす洋館の主人で、雇い主で、1人で何でもできてしまう変な人。
いいえ、そういえば一つだけ出来ないことがあったわね。
それは、行商人への対応よ。それだけはまだ私に頼りきりね。
まぁ、それすら出来てしまったら、私に居場所なんて無いのだけれど。
私はもう、たまに来る人間の応対だけしていればいいの。
それで満足しているわ。
アイツ風に言えば__
私はただのアナンタ。ってわけ。
お嬢様でも、魔法の天才でもない。ただのアナンタで居られる場所は__
きっとここだけなんだから。
面と向かっては絶対に言えないし、言わないけど。
彼には。オーンには感謝してる。
彼が居ないと、きっと私は__
トントントン。
ノックの音が聞こえる。
『おーい、飯だぞ』
「はぁい、今行くわ」
ドア越しに聞こえた声に返事をして、私はペンを置いた。
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