【差分】06 アナンタの入浴


 その少し後に、私は聖水の中に浸かっていた。

 いえ、これはやっぱり聖水よ。だって、体中の汚れが取れていく気がするもの。


 聖水の作り方は秘匿されているはずなんだけど。今更ね。


「ふぅ……」


 思わず吐息が漏れる。

 こんなことは滅多にない、はずなんだけれど。

 これからは毎日でも出来そうで、いえ、そんなことは……。


 あのご主人様だと有り得そうなところがちょっと恐ろしいわね。


 ……それにしても一緒に入れ、とか言われなくて本当に良かったわ。言われても抵抗していただろうけれど。


 私は、自分の身体を改めて見る。

 これまでは汚れでよく分からなかったけれど、やっぱり以前より痩せているし、肌の質も悪くなっているように見える。


 ……髪も、これが聖水なら汚れることは無いのだし、浸けても良いわよね…?


 うん。ぼさぼさで色がくすんでいた髪もこれで、元通りだわ。


「……んんっ」


 グッと身体を逸らせると、身体の節々から鳴ってはいけない音が鳴った。

 乙女の体にあるまじき硬さね。

 ちょっと身体を伸ばしておこうかしら。


 それにしても、あいつ一体何者なのかしら。

 凄腕の魔導士、はこんなところにいないだろうし、異能をその身に宿した王族……王族?あれが?面白い冗談ね。


 だとすれば平民かしら。

 ……確かに、あれだけの能力を持っていて平民として暮らそうとしたなら、窮屈かもしれないわね。

 かつての私と同じように。


 もっとも、私は平民ではなかったけれど。

 似ている所があるのかもしれないわ。

 ほんの少しは、ね。


 さて、体も解れたし、そろそろ上がろうかしら。


 そう思って、お湯の中から立ち上がった時だった。


「ちょっといいかぁ~?」


「だ、ダメに決まってんでしょ!?」


 思わず反射的にそう返して、慌ててお湯の中に戻る。

 だけれど、数秒待っても入ってくる様子は無かった。

 ?? どういうこと?


「もういいかぁ~?」


「だっ だから入ってくるんじゃないわよ!!」


「あ、悪い。そうじゃなくて、体拭く布がいるだろ?ここに置いとくぞ」


「え、うん」


「あとお前。着替えが無いだろ?服は洗っとくからな」


「うん」


「んじゃ、そういうわけだから」


 そう言って、そいつは結局入ってくることは無かった。

 思わずまたため息が出たわ。それから___


 あいつ、服を洗うとか言って……。


 え?洗うの?服を……?


 だっ だだだ、ダメに決まってるでしょ!?

 それはつまり、下着も一緒にってことでしょ!?


 慌てて私は立ち上がり、クラっと来て、意識が遠のいた。




 風呂の方ですごい音がしたので、慌てて扉の前まで戻るが、さすがにこのまま入るのは躊躇った。

 でも、風呂の事故は割と危ないヤツが多い。

 というか、命の危機がある。


 だからこれは不可抗力だすまん!!と、そう思いつつ、俺は風呂場に突貫した。


 そこには、うつ伏せで風呂に浮かぶ裸体の少女がいた。


 ア、アカン!?溺れてまう!?


 反射的に似非関西弁が出てしまったが、これは良くない。本当に良くないぞ。

 俺はまだこの屋敷で人死になど出したくない。


 というか、いつまでも出したくないに決まってるだろうが。


 不味いな、俺も混乱してる。

 混乱してるからこれは不可抗力だし緊急事態だから!


 そういうわけなので、俺はぷかぷかと浮かぶ少女の裸体をひっくり返した。

 額に中々のたんこぶが出来ていた。だけで良かった。

 幸い、少しむせたものの、まだ呼吸はしていた。


 ほっと息をつく。


 それ以外のところ?出来るだけ見ないようにしてたけど、目に入ってしまった。

 具体的に言うとこの子が可哀そうだから勘弁な。


 紳士諸君にぼかして言うと、括れと谷間はあったとだけ言っておこう。

 そう、仰向けでも谷間があったのだ。ビバ異世界!


 それに、今からコレを湯舟の外に運ばないとならないし、なんなら風邪をひかないように布で拭くという試練も待っている。

 目を覚ますまで待つ、という選択肢は無い。


 というのも、風邪をひかれたら自然治癒しか無いからだ。

 治癒の魔素みたいな便利なものはまだ見つけていないし。

 保存も人体に掛けたら何が起こるか分からんからパス。


 だから俺はこれから修行僧の如く、雑念を晴らして(推定)清純な乙女に触れなければならないのだ。

 今夜は眠れないだろうが仕方ない。仕方ないのだ。


 俺はそう、誰にともなく言い訳しつつ、彼女の体を抱えた。


「……っ!……っ!」


 思わず、声にならない感嘆を上げてしまった。

 や、やわ(自主規制) (自主規制) (自主規制)


 保て俺の理性!! 総動員だっ!!


 俺がここまで我慢する理由?

 ここで何かして明日彼女が目を覚ました時に、思い出さない自信が無いからだ。


 絶対顔に出るし、絶対ギクシャクする。

 俺は平穏を求めているのだ。

 決して修羅場のすったもんだを求めているわけではないのだ。


 だからチキンじゃないよ?

 ま、まぁ?いつかあっちの方から求めてきたら?その時はそのときだけど?


 少なくとも今じゃない、と、そういう話で納得して欲しい。



 この後、結局、汚れが落ちて完璧美少女となった彼女の顔を、まともに至近距離で見てしまい、間接的とはいえこれ以上体に触る勇気が出なくて、布を浮動で操って拭いた。この方法なら感触は伝わってこないから。


 縦ロールが似合いそうな吊り目お嬢様で大体伝わるだろうか。

 そんな顔が目の前に来たらもう、もうね。うん。


 しかもつるぺたの逆の体型ときた。


 意気地なしと笑ってくれて構わない。


 俺は雑魚だ。認めるよ。



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