【差分】05 アナンタと魔石

 門番ってことはつまり、この屋敷を訪ねる者に一番最初に接触するわけだ。その時にあること無い事吹き込んでもらえば、舐められにくくなると思った。


 まぁ、それだけじゃ足りないなら相応に脅せばいいし。

 大袈裟な脅しが必要なくなるだけでも十分だ。


 あと、水に捕らえてた時は良かったけど、解放した今、彼女はずぶ濡れだ。つまり、何が言いたいかというと、身体の線がはっきりと出ている。


 服が思いの外ボロボロで分かりにくかったが、これ、かなりムチムチだわ。背は低いし身体も小さいけど、胸部と臀部は大きいんだわ。


 つまり、目のやり場に困る。

 というわけで。


「まず最初の仕事だ」


「……私は何をすれば?」


「今から火の魔石を作るから、それの見張りだな。

 俺に少しでも引火したら、これを使って消化してくれ」


 焚火で乾かそうと、そういうわけだな。




 何を意味の分からないことを、と思うけれど、そいつの表情は真剣で。

 とても冗談を言っているようには見えない。


 渡されたものは水の魔石、と思われるものね。

 だってこれは、殆ど宝石で。こんなに透き通った魔石なんて見たことがないもの。


 試しに魔力を込めてみると、大量の水が地面を濡らした。

 ___こんなの、あり得ない。そう驚いていると。


「そうそう、そんな感じだな。頼むぞ」


 そいつは平然とそう言って、木の枝が大量に積んである方へと向かっていく。

 思わず、頭痛がしてきた頭を振ったわ。


 通常、水の魔石はこんなに水は出ないから。

 精々、ちょろちょろと流れる程度で、水袋を一杯にするのさえ時間がかかるもので。


 それが、これは桶一杯ほどの水の量が一度に発生した。

 常識外れにも程があるわ。


 魔石をというのは意味が分からなかったけれど、もしかしてこいつなら作ってしまえるんじゃないか、とさえ考えてしまうわね。


 この屋敷に住む奴は化け物。とあいつ自身が言っていたけれど。

 あながち間違いでもないのかもね。



 その後、あいつは、轟々と音を立てて燃える、あいつの身長を超えるような焚火、いや、もはやファイアピラーのような炎の柱を、まるで粘土でも捏ねるかのように固めて、魔石を作ってしまった。


 お陰で、ずぶ濡れだった服が一気に乾いてしまったわ。

 どころか、ここからでも汗が滲むほどよ。


 遠目から見ても分かる、こんもりと積もった灰の上に輝く赤い魔石。あれは間違いなく、火の魔石。


 かつて、私に、有象無象が自慢気に見せて来た火の魔石とは比べ物にならないわね。


 小さいながらも向こう側が透けて見えるほどの透明度よ?

 それが火の魔石でなければ、ブローチにはめ込んでも遜色ないどころか、店頭にこれ見よがしに飾られる程度には宝石としても価値が高いように見えるもの。


 私はもう、比べることは止めるわ。

 こいつは、きっと、これからも予想外のことをするだろうし。


 そこに一々振り回されるのは癪だし、何より私がもたないもの。


「あーあっちぃ。だから火の魔石を作るのは嫌なんだ」


「……お疲れ様。水浴びはしないの?」


「この後、風呂作るからいい。というか、お前も入れ」


「ふろ……?」


 私はそれが何なのか分からず、首を傾げてみせた。




 そいつの言うとは、巨大な湯浴み場のことだったわ。


 門番だから、この屋敷の正面扉前で仕事をしようと思ったのだけど、そいつは呼びに行くのが面倒だという理由で、私にそれを作る一部始終を見せてきたの。


 いや、見せているつもりはなかったのでしょう。だとしても、ね。

 屋敷を建てる時もおかしい速さだったけれど、この風呂?を作るところも異常なほど速かったわ。


 瞬く間に巨大な桶、恐らく湯を張るものができ、ツルツルとした床ができ、椅子と思われる桶をさかさまにしたような形のものができ、並べられ、壁に何かしていると思えばさっきまでは無かった扉ができ、と、まるでそいつの周りだけが時間の流れが違うかのような様子なのよ。


 そうやって、あっという間にそれが出来上がったわ。

 けれど、それを成した当人はと言えば。


「とりあえずこんなもんか」


 と、間の抜けた顔で間の抜けたことを言っているのよ。思わずため息が漏れたわ。

 それが、こいつの当たり前なのだと思うと、ね。


「なんだ?立ちっぱなしで疲れたか?座るか?」


 しかも、見当外れなことを言ってきて、先ほど出来たばかりの椅子に座らせようとして来たわ。


「テストもかねて座ってくれよ」


 てすとが何のことかは分からなかったけれど、命令ならば、と大人しく座れば。

 それはほんの数秒で出来上がったものにも関わらず、安定感抜群なのよね。本当にこいつ、何なのかしら。


「うん。よし。じゃあお湯入れるから、入ったら言うわ」


 しかも、先に入るとか言い出してコイツは。


「いや、そこはご主人様が先じゃない?」


「……ご主人様って俺のことか?」


「それ以外に誰が?」


 そういうのは嫌なんだが、雇い主である以上示しがつかないか?とブツブツ言っているのが聞こえてしまったわ。

 それはそうなのだけど、嫌なら無理にとは言わない。これが出来る女ってやつよ。


「じゃあ、何て呼べばいいのよ」


「そう言えば自己紹介がまだだったか。俺はオーン。元村人だから敬語も本当はいいんだが」


「私は……今はただのアナンタよ。よろしく、オーン様」


 そう言うと、また嫌そうな顔をしやがったので。


「オーンさん」


「うーん、まぁ、そこが限度か」


 これ以上は呼び捨てになってしまうもの。納得してもらわないと困るわ。

 というわけで。


「オーンさんが先にどうぞ」


「……まぁ、後でも先でも浄化の魔石使うし同じか」


 今、不穏な名称が聞こえたけど、無視よ無視。


 聖水の別名は浄化水だけど、きっと無関係だと思うことにするわ。いいえ、関係無いに違いないのよ。


 だけど、この流れだと……聖水で身を清めることになりそうね。

 長い屋外生活で体も服も確かに汚れてはいるけれど。


 それでも聖水に浸かるのはやりすぎ……いや。

 もう聖水でも何でもなくて、ただのお湯だと思うことにしましょう。


 浸かるだけで体が綺麗になるすごいお湯だと思えば。

 ……ちょっと、いや、だいぶムリがあるけれど、そう思うことにしたわ。




「風呂、空いたぞ~」


 と、そんな声が聞こえたのでそっちへと歩き出す。

 門番のつもりで屋敷の正面玄関扉前に立っていたけれど、まぁ当然と言うべきか、誰も来なかった。


 これ、とんでもなく暇になるんじゃないかしら。

 と、そう思ったけれど、成り行きでそうなってしまったんだもの。


 だけど、あいつから甘やかしてきたんだから、甘えても良いのかしら。

 そんなことを考えながら、私は湯浴み場へと向かった。


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