差分

【差分】01~04 アナンタの受難

※必ずこの小説の紹介文をお読みください。 

※生意気でバトル()ありです。詳細は近況ノートへ。


 アナンタ・ユール・シクヴァスはかつて天才と呼ばれていた。

 それが今は見る影も無い。

 ところどころが破けたボロボロのドレスに、薄汚れた肌と金髪。

 ただ、目だけは当時の生気を失わず生き生きとしているアンバランスな少女。


 彼女は突如、苦労して作った自宅の横に現れた豪邸を見て、あんぐりと口を開けていた。

 色が薄茶色一色というのが不自然ではあったものの、それは明らかに家であった。


 口をぽっかりと開けたまま、彼女は視線を自宅へと向け、もう一度、豪邸を見上げた。


「な……なんなのよ……」


 私はやっとの思いでそれだけを口に出すことに成功した。


 数日前にはこんなものは無かった。つまり、ここ数日でこれが出来上がったということで。


 私が幻を見ている、あるいは見ていたということで無ければ、だけれど。


「な、な……なんなのよッ!一体ッ!」


 次に私の口から飛び出してきたのは憤りだった。あり得ないと思うと同時、ふざけるなと思う。


 だって、私は数か月を掛けて自宅を作ったのに。よ。


 数か月もかかってやっと目の前の掘っ立て小屋モドキを建てたというのに。


 あれは……なんだ。


 窓がある。扉がある。

 実に3階建てであり、ささやかながら装飾もされた壁。


 一周回っても張りぼてなんかじゃなく。

 それはれっきとした家屋だった。

 

 正しく言えば豪邸。

 私もかつてこんな、いや、これよりはきちんとした豪邸に住んでいたのに。


 そう、つまり、この家は私にこそ相応しいはずだった。


 私がこの湖の畔に棲みついてから数か月。

 何度も後悔したし、何度も考え無しな自分を呪ったわ。


 それでも試行錯誤の末に自分の家を。ささやかな自分の家を建てたのよ。


 それが、どうした。これは、なんだ。


 私は怒りの余り卒倒してしまいそうだった。



 それでも、そう、ひとかけらでも、私に理性が残っていたのは幸いだったのだろう。


 内心怒りが溢れ出しそうでも、正しく正面からドアを叩いて訪ねたのだから。




 火の魔石、作るかぁ。と気が進まず、動こうとしない足を無理やり動かして玄関へ向かうと、ドンドンドンッと扉を叩く音が聞こえてきた。


 すわ敵かと思ったものの、そういえばドアノッカーもインターホンも付けていないことを思い出す。

 いや、どっちにしてもこんな僻地に訪ねてくるやつなんかいるのかよ。


 そんなことを考えながら、俺はとりあえずその方向へと向かった。



「で、これは、何なわけ?私に喧嘩売ってるのかしら」


 いつ来るかと思ったら、今か。と思う。

 ただ、予想してなかったわけじゃない。


 そりゃそうだ。

 こんなデカブツぶっ建てたらそりゃそうなるさ。


 まぁ、急に襲ってくるよりかは話が通じる分だけ幾らかマシか。

 そんで、これが誰だって話だが。


 薄汚れた金髪。擦り切れた服。

 だが、それはいわゆる上流階級が着るようなシロモノで。


 さらに言えば青い瞳。汚れているが整った顔立ち。こいつは__


 変人でも犯罪者でもない。一番面倒な__ワケ有りってヤツだ。




 大きな屋敷にしては簡素な扉から現れたのは……私より少し年下に見える青年だった。私は、思いの外、年齢の低い、というか、殆ど同年齢の男の子が出てきてビックリした。


 本当に?この人が?と内心面食らいつつも、喧嘩を売っているのかと問いかけると。


「ここに住むことにした」


 と、緊張の欠片も無い声で返して来た。

 まるで何とも思っていないような様子で、それがやたらと気に食わなかった。


「……そのことは今言ってないわ。私はこれが何なのか、って聞いてるの」


 感情を押し殺してそう言うも、そいつは全く応えていない様子だった。


 図太い性格なのか、それとも私の怒りが伝わっていないのか。


 こういうやつは、私の周りにもたまにいた。

 私は一番嫌いなのよ。平然と怒りを受け流されるのが。


 そういう奴に限って、すかした態度で裏で私の陰口を叩いていたから、そういう舐めた態度を取った奴は__一人残らず潰して来たわ。


「見りゃわかるだろ。家だよ家」


「__へぇ、じゃあ、これが何か分かる?」


 私は、私の建てた家を指す。怒りのあまりつい声が震えてしまう。これに怯えて発現を撤回しないか心配だったけれど。


「何って……掘っ立て小屋か?」


 コイツに限ってそんな心配はする必要はなかったみたいね。


「なるほどね。よぉく分かったわ。あんたが私に喧嘩を売ってるってことがね!!」


 間髪入れず、魔法を詠唱してやったわ。





『◆◆◆◆◆◆! ファイアピラー!』


「ッ!!」


 魔法だ。そう思った時には俺はその場を飛びのいていた。

 俺が立っていた場所から立ち上る赤い炎。火の魔法は典型的な攻撃魔法であり、最も攻撃力の高い魔法でもある。

 と、俺は村にいた頃、旅の魔導士に教わったわけだが。


「お、おまっ、こ、殺す気か!?」


「フン、ビビらせようとしただけよ。実際避けたじゃない」


「避けなかったら当たってたぞ!?」


 明らかに怒った表情だったから、準備してたけどビンゴだったみたいだ。彼女は整った、しかし薄汚れた眉を顰めて険しい目つきで俺を見つめてくる。


 こういう時は落ち着きが肝心だ。慌てた分だけ油断させられるとは…誰の言葉だったかな。こう、狡すっからい旅人の誰かの話だったか。自称ベテランだったが、有用だと思ったから取り入れた。


 まぁ、それは今回が初めてで。

 心臓バクバクなのはマジなんだが。


 いや、だって殺されそうになったんだぞ。

 めちゃ恐いわこんなん。

 冷や汗で背中びちゃびちゃだわ。


 とはいえ、そう来るなら反撃する他無いな。正当防衛だろ。




「ルカナッ!!」


「っ!?」


 急にあいつが叫んだので、私はその場から飛びのいた。

 ……でも、何も起こらない。


 あいつは両手を両側に突き出した状態から、その腕を前方へと動かした。

 ……けれど、やっぱり何も起こらない。


「な、何よ。何も起こらないじゃない」


「それはどうかな。ルカナッ」


 また意味が無さそうな叫び声を上げて、今度は上へと開いた手のひらを上げた。


 ただのコケ脅しだ。

 そう思うのに、つい、上を見上げてしまう。


 でも、やっぱり何もないじゃない。


「あんた、ハッタリもいい加減に__っ!?」


「ルカナ」


 急に静かになったと思った瞬間のことだった。


 目の前に突然水流が現れた。

 思わず見上げると、それは空から降ってきていた。


 雨でもないのにどうして。


 というより、これは雨どころじゃない。

 ここが元々滝壺だったかのように、それはかなりの勢いをもって落ちて来た。


 そのことに目を見開いている間に、水の量は増え、


「な、なんなのよこれ!!」


 慌てて下を見れば、両側と前後にいつの間にか不可視の壁が立てられていた。

 手で押しのけようとしても、出来ない。

 何もない空間なのに、壁に手をついている感触があった。


 これは___知らない魔法ではない。けれど、私には使えない魔法だった。


「……な、なんで!?これは……バリア!?」


「へぇ、そういう概念はあるのか。そうだよバリアだ。お前を囲ってるそれはな」


 すっと胸の内が冷たくなった。

 そいつの状況説明がすんなりと頭の中に入ってくる。


 伝説級の魔法なんか使われたら、勝ち目なんてないじゃない。


「そんな……まさか」


「そのさ」


 私の足元から、膝から、そして腰に。水は溜まり続ける。

 少しずつ溜まる様子が、逆に恐ろしかった。


 いずれこの水が私の頭の上まで、と、そう思うと血の気が引いた。



「くっ……!」


 結局何も出来ないまま、私は首元までの浸水を許してしまった。


 全く何もしなかったわけじゃない。何も出来なかったのよ。

 何故か、魔法が発動全然発動しなくなって。


 ファイアピラーも、アイスフィールドも、トルネードもダメ。

 魔力を吸われる感覚もないもの。

 それはつまり、魔法が失敗しているということよ。


 魔法の失敗なんて、もう随分と昔のことなのに。

 魔法を習い始めた頃で、それからは全くしていないのに。


 どうして、という呟きが口から洩れるけれど、それは口元まで達した水でかき消される。

 だから、私は降参する他無かった。


「な、何が……何が望みよ!言いなさい!追手なんでしょ!?」


「俺が勝ったら、なんだっけ?」


 ニヤニヤ笑いを貼り付けたそいつが言う。

 忘れていたわけではなくて、負けを認めたくなかっただけ。


 けれど。


「自分の口で言うなら、許してやってもいいぞ?」


 それは私の台詞のはずだったのに。

 ボロボロにして、許しを請わせるつもりだったのに。


 だけど、そうか。コイツは___


「さもなくば死ね」


 あの、利益にならなければ殺す。


 そんな追手たちと同じなんだわ。




 ついノリと勢いで反射的に出ちゃったけど、そのつもりは無い。

 実際に念のためと思って考えていた責め苦の一つが上手く行ったのが嬉しくて、つい。


 まず、堅実を重ねた大気で彼女を囲み、そして、上から湖から浮動で持ってきた水を落とす。

 典型的な水責めだ。かなり大規模だけども。


 いや、つい、で許されることじゃないのは分かってる。

 でも、俺は舐められたくないのだ。内心がどうあれ。


 追手がどうとか言ってたのもこれ幸いとスルーしてやった。

 勝手に誤解してくれるならそれでもいい。


 俺はあの屋敷でスローライフがしたい。

 それはつまり、あの屋敷に住んでるのは化け物で、手を出せば殺される。


 それぐらいの噂が無ければ、あの手この手で邪魔しに来ようとするやつを退けられないと思ったのだ。


 だから厳しくしようと思ったんだが、なにしろ初めてのことで加減が分からず、すっぽ抜けてしまった結果が、さっきのアレだ。


 割とマジでごめん。


 真っ青に震えちゃって、良心が痛むぜ。

 俺も一応人間だからな。


「くっ、かぷっ、んっ、わ、分かったわ!分かったからこれを、これを解いて!」


「ん?聞こえないなぁ」


「私を好きに かぷっ していいからっ」


 よろしい。と、俺はそう言って、水位を彼女の首元まで下げ、堅実を重ねた。


 不意を突かれたくないからだ。当然だな。

 窮鼠猫噛みともいうし。




 私は、水が瞬時に固まったことを肌で感じ、硬直した。

 文字通り、水がまるで石かなにかのように硬くなったの。


 身動きが取れない。

 幸い口は動くが、もはやそれすらもあいつが許可しているからなのかもしれない。


 追手に追われていた時以来の、命の危機だった。

 思わず目尻に滲んだ涙を拭うことさえ出来ない。


「……私をどうするつもりなの?」


「……そうだな。喧嘩売ってこなかったらそれでいいよ。俺はのんびりゆっくり暮らしたいだけだし。ただし、二度目は無いって話かな」


 私はまだ何か続きがあると思って黙って大人しく待っていたけれど。

 どうやら、それで終わりみたいだった。


「ちょっと待って。本当にそれでいいの?」


 これだけのことをしておいて、たったそれだけ?と、そう思う。


 異性同士なら、何かそういう__のがあるんじゃないかと思っていたのに拍子抜けだった。

 いや、無いなら無いでそれに越したことはないのだけど。


 男は皆獣だと昔習ったはずなのだけど。

 そうでもないのかしら?


「あー、あとは、この辺に来たやつに、この屋敷に住む奴は化け物だから近寄るなって言っといてくれ」


「門番ってこと?」


「いや、それだと俺が雇い主に……ん?いいのか?」


 そう言って悩み始めたそいつに、私は呆れた。

 急に年相応の反応を見せて、一体何のつもり?

 とそう思っていると。


「分かった。採用」


 話があっさりと決まってしまったわ。

 しかも、一日三食食事つきで、住む場所まで提供するって。


 私はこいつのことがさっぱり分からなくなってしまった。

 かつての敵を甘やかす化け物なんて聞いたことも無いもの。


 ……それとも、恩を着せて何かするつもりなのかしら。

 とも思ったけど。

 それならさっきそれを言えばいいはずで。


 何を考えているか分からないやつ、とその時はそう思った。


 というか、追手じゃないの?

 ……いや、冷静に考えたら、追手が湖畔でこんな大きい洋館建てて暮らすわけがないわよね。私が早とちりしただけみたいね。


 だったらそうだと言ってくれればいいのに。

 まぁ、敵だったやつがそんなこと言う必要もないけど。

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