第3話 常連リスナーさんのお悩み

 先ほど述べたとおりお便りは基本的に事前に軽く中身を確認するのですが、【魔海在住匿名希望】さんの場合は常連すぎるためにまずいことは書かれないという信頼があり今朝のようにぶっつけ本番で読むこともあります。

 でも話題にしたらなんとなく、今日のお便りが気になってしまって。

 すると中身は——『鳴竜妃さまは人間でいらっしゃいますよね。僕の身近にいるある方も人間で、なので参考までにお聞きしたいのです。人間の女性は一般的に何が好きでしょうか?』

 ……あらあらあら、あら。

 これはまた。


「……これはこれは」

「ニヤニヤするでありますね」

「してしまいますねえ」


 ね、とふたりで頷き合ってしまいました。

 なんと可愛らしいお便りなのでしょうか。【魔海在住匿名希望】さん、今朝のお便りで確信しましたが——さては恋をしていらっしゃいますね⁈

 いつも相談の軸となっている特定の方を大事にされている様子はお便りからも伝わってきていました。なのでうっすら予想はしていましたけれど、ここにきて確定です!


「これは真剣に大事にお返事しなければなりませんね……!」

「人間の女性のお好きなもの……人間界の陸ではどうだったでありますか? ナイアさま」

「元も子もないことを言えば『人による』ですが、うーん……強いて言うなら……花……でしょうか……?」

「花でありますか」

「甘いもの好きな女性も多いですが苦手な人もいますし、それよりも花の方が勝率が高いかなと思いまして」

「魔海の花は地味なので、リイにはピンとこないでありますねえ……」


 胸鰭を口元に添えてふむと考え込むリイリイの言葉はもっともだと思います。

 魔海はその名の通り海。見渡す限り水の中の世界。

 花畑に代わるものとして見事な珊瑚礁などはありますがいわゆる植物としての花は、海草の一部の種類がつけるとても小さく目立たないものしかありません。

 もちろんこちらの世界も陸地には立派な花が咲いているのですが、身近にあるものが地味なせいなのかそもそも魔海の方々はあまり花というものに価値を見出さないようです。


「こちらの世界のそれはまだあまり詳しくないですが、人間界の花は色とりどりで香りも様々でとても美しかったのですよ。私も教会の庭園に咲く花たちを見るのが好きでした。【魔海在住匿名希望】さんの恋のお相手が人間の女性なら、花はあまりハズレがないかと思います」

「なるほど、そういうものでありますか……」

「……とはいえ魔海の中にいたら花を手に入れるのは骨が折れるかもしれませんけれどね」


 竜王たるアオさまはもちろん魔力に満ちた空間であれば水がなくても宙を泳げるリイリイのような魔鮫などの種族はまだしも、水中でしか活動できない種族も少なくありません。

 【魔海在住匿名希望】さんがどんな種族の方なのかは分かりませんが、もしかしたらプレゼントに花を入手するのも難しい可能性はありますね……。


「うーん、そう思うとあまり万能な回答ではないかもしれませんね……?」

「いやでも時間がかかってもお取り寄せという手もありますし、リイはよいアドバイスだと思うでありますよ! 人間のことはやはり同じ人間のナイアさまのほうがお詳しいでありますし、自信を持ってお答えされてよいかと!」


 紹介予定の他のお便りを揃えてトントンと机の上で軽く整えながら、リイリイはにっこり笑ってくれました。

 ……そうですね。

 【魔海在住匿名希望】さんも、ラジオパーソナリティが人間の私だからこそこの相談を送ってくださったんですものね。

 お答えするついでに地上の花についても——あくまで私ベースの話にはなってしまいますが、どんなところが人間の女性によく好まれるのかお話ししましょう!


 そして無論、私のラジオパーソナリティとしてのお仕事はお便り紹介だけではありません。


「昼の部はリクエスト曲のコーナーもありますから、そちらのお便りも選ばなくてはですね。予定の音楽を入れた蓄音貝の準備をして……あとエレ海山の火山活動についても、忘れずに続報お伝えしないと……」

「今のところは落ち着いているようでありますね、エレ海山。竜王陛下の視察に同行している祖父からも特に緊急通信など入っておりませんし」


 そう言って、リイリイは壁にかけられている通信用の青く透き通った巻貝へ目を向けました。つられて私も。

 さざなみの声を持つ私はあまり使ったことはありませんが、ここ魔海での遠方との通信手段は基本的にこの巻貝を使います。

 その通信範囲は各海域のあらゆるところに設営した中継局を経由して魔海ほぼ全域を網羅しておりまして、前世でいうところの電話機のようなものですね。


「お祖父様、魔海騎士団の団長ですものね。本当に頼りになります」

「まだあと二百年はこの座は譲らんと豪語していたでありますよ。まったく、若手の出世機会を奪わないで欲しいでありますね!」


 リイリイのお祖父様ことイウピカさまは五百歳を超える歴戦の強者。クジラ並みに巨大な身体のお方です。

 長く竜王家に仕えアオさまを赤ん坊の頃からお守りしてきたそうで、早くにご両親を亡くし幼くして魔海の王となったアオさまの親代わりでもあられるイウピカさま。

 だからでしょうか、結婚式のときはそれはもう男泣きに出っ張った目から涙を落とされておりました。


 何が起きてもイウピカさま始め、頼れる騎士団の方々と一緒なので大丈夫と思いますが……アオさま、お帰りになられるまでご無事だといいのですが。

 近頃のエレ海山の活発さを記録として目の当たりにすると、やはり少し不安になってしまいます。

 アオさま自身、とてもお強い方。それは存じているのですが、どうしても。


(アオさま……大丈夫ですよね……)


 結婚するまで顔も知らないお方でしたし、結婚してからも相槌ばかりで長くお話ししたこともありません。

 基本的に無表情ですし本当に必要最低限しか口を開かれないので真意が分からず、イウピカさまのような古株以外は周りの方々も緊張してしまい、お城の中はピリピリしていました。


 でも、アオさまが本当はお優しい方なのは分かります。

 ラジオなんてこの世界ではまず聞いたこともないであろうものをやりたいと言い出した私の話を、戸惑ったお顔をされながらもちゃんと聞いてくださったのですから。


『あんな魔海にとって未知のものを許可するなんて、竜王陛下は案外新しいものがお好きなのだなあ』

『ラジオのお時間には毎回きちんとお耳を傾けていらっしゃるようだ。御顔も心なしか柔らかく見える』


 魔界ラジオの開始許可を出したのがアオさまだと知ったお城の方が、楽しげにそうこぼしているのを聞いたことがあります。

 本当にそうなら嬉しいなと思っていたところに今朝の「聴いていたよ」でしたので、あの瞬間は心の中に春がきたようでした。


「お昼の放送も聴いてくださるくらい、現場に余裕があれば良いのですけど……」


 気付けばポツリと声に出てしまって、リイリイがうんうんと頷いてくれました。


「エレ海山は祖父が若い頃に一度噴火したことがあるそうで、当時それはもう甚大な被害が出たそうであります! だからこその視察ですが、心配でありますよね」

「うう……そうなのです。もっと毅然として待つべきなのでしょうけれど……」

「何をおっしゃいます! 大切な家族を心配してオロオロしてしまうのは当然のことでありますよ!」


 ——家族。

 そうか、と今さら目から鱗が落ちた気分でした。夫婦になったのですから、家族なのですよね私たち。


 聖女として国のため尽くしていた私は元は教会の孤児院育ち。赤ん坊の頃に教会の前に捨てられていたそうで、親の顔は知りません。

 そして前世では故郷の両親とは——私が過労死してしまったためお別れとなってしまったので。


 (今の私にとって、アオさまが唯一の家族なのですね……)


 なんだかじんわり暖かくなるような、切なくなるような感覚に襲われながら、昼の部のための資料をぎゅっと抱きしめました。


「ごめんなさい、リイリイだってお祖父様のことが心配なのに……励まして本当にくれてありがとう」

「いえいえ、祖父は殺したって死なない不屈の騎士であります! 鰭とか怪我して寝たきりにならないかだけは心配でありますけどね! でも自分のことより、竜王陛下や魔海の民の安全を考えるのが祖父であります」

「ええ。アオさまも、そんな部下の方々や魔海の皆さまを守るために視察に赴かれていますしね。皆、ご自分のすべきことと真剣に向き合っていらっしゃいます」

「然りであります!」


 つまり、ええ。

 このあとも皆さまのお便りを紹介して相談に乗って、皆さまの好きなリクエスト曲を流し、エレ海山のこれまでの火山活動やいざという時の備えについて情報共有して。

 私だって自分のすべきことを全力でしなければ!


「さあ、リイリイ! お昼も魔海の皆さまに安心と明るく楽しい時間をお届けしましょう!」

「はいでありまーす!」


 鰭と手とでハイタッチをして、私たちはスタジオたるテラスへと向かうために席を立ったのでした。

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