第12話 愛しい彼は勇者だった
最初、目に映ったものが信じられなかった。
ずっと会いたかった。何度も夢にだって見た。
それがこんな所で、こんな形で。全く予想していなかったシチュエーションで。
この世界に来てから一番に願った事が叶うだなんて、思わなかったのだ。
「翔ちゃ……」
「ゆ、勇者様!」
私が名前を呼ぶより早く、男達が姿勢を正して翔ちゃんに向き直る。その際口にした言葉に、一瞬、現実の理解が遅れる。
……え? 今、この人達、翔ちゃんの事……?
「申し訳ありません! 生き残りがいたので始末しようとしたのですが、この女が邪魔を……!」
「そうか。ならここは俺が対処する、お前達は他の捜索に当たってくれ」
「しかし……」
「……新米勇者の俺じゃ、任せられないか?」
「い、いえ、滅相も!」
……何の話をしているのか解らない。違う、解っているのに理解したくない。
勇者。勇者って、アレだよね? 前の魔王と戦って、相討ちになったっていう。
翔ちゃんがその勇者? 嘘、だって、翔ちゃんは私の幼馴染みで。
じゃあ他人の空似? ううん、私が翔ちゃんを間違える訳ない。
そもそも相討ちなんだから、勇者も死んでいるはずで。じゃあ翔ちゃんは勇者本人じゃなくて、もしかして、私と同じ……。
「そ、それでは勇者様、失礼します!」
そこまで考えたところで、男達が慌てたようにどこかへ走っていった。残されたのは私と翔ちゃん、そして魔族の子供達。
「……っ」
翔ちゃんが、私に向かって近付いてくる。あんなに会いたかったのに、やっと会えたのに……私はそんな翔ちゃんに声をかける事を、どうしても躊躇ってしまう。
やがて翔ちゃんは私の目の前に立ち、そして。
「……こんなに傷だらけになっちまって。見つけるのが遅くなって悪かった、愛奈」
「……!」
翔ちゃんが顔を歪めながら、私を抱き起こす。その瞬間、私の目からは涙が溢れて止まらなくなった。
ああ——今度こそ間違いなく実感した。翔ちゃんだ。ここにいるのは翔ちゃんだ。
私のよく知ってる、いつもの優しい翔ちゃんだ——。
「そ、そんなに傷が痛むのか!?」
「そうっ、だけど、そうじゃな……ふえええぇっ……」
泣き出してしまった私を見てオロオロする姿も、全部がいつも通りの翔ちゃんで。その安心感にまた、涙が込み上げてくる。
「なあ……泣き止んでくれよ、頼むから……」
「お姉ちゃん……お兄ちゃんの友達だったの?」
不意に声がして、涙を手で拭って振り返る。すると子供達が、木の根元の穴から出てきたところだった。
「お前達も無事で良かった。兵士達の姿をここで見た時はヒヤヒヤしたぜ」
「うん、怖かった……ありがとう、お兄ちゃん」
「翔ちゃん……この子達と知り合いだったの?」
泣くのも忘れて、私はそう問いかける。すると翔ちゃんは、微妙な表情を浮かべた。
「……ここに隠れてるよう指示したのは俺だからな。それしか……出来なかった」
「翔ちゃんが……?」
そこで疑問に思う。……翔ちゃんは、どうしてここにいるんだろう。
どうしてあの人達に、勇者様なんて呼ばれてるんだろう。……なくなったはずの不安が、急速に膨れ上がっていくのを感じた。
「さっき武装した魔族の一団が、この辺りをうろついてるのを見た。お前達は、そいつらに保護してもらうんだ。愛奈、お前は俺と一緒に……」
「ウオオオオオオオオオオッ!!」
その時だった。空気が震えるほどの雄叫びが、辺りに響き渡った。
「……っ!」
翔ちゃんが、私を抱きかかえて地面を転がる。直後、大きな斧が私達のいた場所に叩き付けられ、地面を抉った。
「無事か、愛奈!?」
「う、うんっ……」
「不味いな……俺まで見つかっちまった……!」
翔ちゃんがいち早く身を起こし、立ち上がる。舞い上がる土煙の向こうに見えるのは、見慣れた牛頭のシルエット。
「ダンタルクさんっ……!」
「貴様あああああ! 忘れはせん! 忘れはせんぞ! どれだけ憎んでも憎み切れぬその姿!!」
再びダンタルクさんが吼える。その姿は、普段の穏やかな様子とはまるでかけ離れている。
「貴様までが蘇ったと言うならば! 今度はこの俺が! アイラ様の無念を晴らしてくれるぞ!!」
「……チッ……!」
そしてダンタルクさんは。翔ちゃんを真っ直ぐに睨み付け、こう言った。
「ここが貴様の墓場だ……勇者ショウ!!」
「……!」
瞬間。私の中で、何かがひび割れる音がした。
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