第5話 翔ちゃんの行方

「おお! おかえりなさいませアイラ様!」

「た、ただいま戻りました……」


 結局、私はそのまま目覚めた部屋に戻ってきてしまった。……戻るまでにまた迷いかけたのは、ここだけの秘密だ。

 脱出に再チャレンジして、またルルベルと会ってしまうのも気まずかったし……。それに、新たに増えた不安もあった。

 いくら魔王の生まれ変わり?と言っても、今の私は間違いなく人間で。そしてルルベルがそうだったように、みんながみんな魔王の顔を知っているという訳ではないらしい。

 ルルベルは優しかったから良かったけど、もし人間が嫌いで、魔王の顔を知らない魔族と遭遇したら……。そう思うと、これ以上部屋の外にいるのが怖くなったのだ。


「少しお帰りが遅いので、心配しておりました! やはり記憶がまだ不安定なのではないかと……」

「ご、ごめんなさい。思い出したような気がしたんですけど、気のせいだったみたいです……」

「いえ、ワタクシも配慮が足りませんでした。無事のお帰り、何よりです」


 変わらないダンタルクさんの態度が、さっきまでと違って、何だか少し安心する。ここが決して安全な場所なんかじゃないって、解ったからかもしれない。

 魔王になるのは、やっぱり嫌だけど……。この世界に慣れるまでは、変な事しない方がいいのかな……。


「さ、目覚められたばかりで動いてお疲れでしょう。今何か軽食を用意させましょう」

「あ、いえ、お気遣いなく……」

「いえいえ、お腹も満たされゆっくりなされば、少しずつワタクシ共の事も思い出すかもしれませんからな」


 優しくそう言って、ダンタルクさんは部屋の前から去っていった。今度こそ一人になった私は、肩を落として部屋の中に戻る。

 部屋の中は、さっき出て行った時のまま。私はベッドまで戻って、その上に腰かけた。


「……これからどうしよう」


 また気が重くなってきて、思わず溜息を吐く。昨日まで、ごく普通の平和な日常の中にいたはずなのに。

 それが今は、何だか、とてもとても遠いもののように思えた。


「……そういえば……翔ちゃんは?」


 その時ハッと思い出す。この世界に来る原因になった、あの出来事の事を。

 あの時、空の穴に飲み込まれたのは私だけじゃない。翔ちゃんもだ。

 翔ちゃんはどうなったの? 一緒にこの城にいるの? それとも……。


「アイラ様、入っても大丈夫ですか?」

「っ、はいっ!」


 そこにダンタルクさんの声がして、私はすぐに返事をする。そうだ、ダンタルクさんなら何か知ってるかも……!


「失礼します。お待たせしました、アイラさ……」

「ダンタルクさん! 私と一緒に翔ちゃ……わ、私と同じ年頃の男の子はいませんでしたか!?」

「うおっ!?」


 入ってきた途端に私に詰め寄られて、ダンタルクさんが驚いた声を上げる。ごめんなさい……でもどうしても、居ても立っても居られないの……!


「ア、アイラ様、どうなさったのですか!?」

「大事な事なんです! 教えて下さい、お願いします!」

「ふ、ふうむ……」


 必死に頼んだおかげか、ダンタルクさんはアゴに手を当てて少し考え込む。そして、少し後に小さく首を横に振った。


「……いえ、召喚されたのはアイラ様だけですね。その……アイラ様の仰る若者は、召喚の時に共におられたのですか?」

「……はい」

「なるほど……今世のアイラ様のご友人となれば、人間と言えど無下には出来ませぬな……人間側の街に辿り着いていれば、ひとまず命はありましょうが……」


 それを聞いて浮かぶ、最悪の想像。もし翔ちゃんが、魔族の領地に一人で迷い込んでいたら。

 私にはいざとなれば、ダンタルクさんの助けがある。けど、けど翔ちゃんには……。


「そんな……翔ちゃん……」

「アイラ様!」


 自分の想像に気が遠くなった私を、ダンタルクさんの太い腕が支えた。どうしよう、翔ちゃんに何かあったら私、私……。


「アイラ様の言う若者の事は、我々が責任を持って捜索します。ですから、気をしっかりお持ち下さい!」

「……お願い、します……」


 励ますように告げられた言葉に、私はただ、頷く事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る