第3話 遭遇、猫メイドさん

『一旦、私は失礼致します。今のアイラ様には、気持ちを整理する時間が必要でしょう』


 そう言って牛人間、改めダンタルクさんは、肩を落として部屋を出ていった。その姿にほんの少し、ちくりと胸が痛んだけど、今の私はそれどころじゃなかった。

 念の為、ほっぺたを思い切りつねってみる。……痛い。すごく痛い。

 わ、私、あの空の穴を通じて、無理やりこの世界に連れて来られちゃったんだ……!


「え……どうしよう……どうすれば帰れるの? えっ?」


 とんでもない現実を認識した途端、不安と恐怖が津波みたいに一気に押し寄せてくる。わ、私、このままじゃこの世界で魔王にされちゃう!?

 に、逃げなきゃ。逃げて、元の世界に帰る方法を探さなきゃ……!


 ひとまずベッドから降りて、改めて状況を確認する。部屋にあるのはドア、ベッドやクローゼットなどの家具、そして窓。

 服装は見慣れた制服じゃなく、何だか高そうなネグリジェに着替えさせられていた。……う、この格好で出歩くのはちょっと抵抗があるなあ……。

 でも、着替えを探してる間にあのダンタルクさんが戻ってくるかもしれないし。……うん、背に腹は変えられない!

 ドアは……開けたらすぐそこにダンタルクさんがいるかもしれない。となれば後は窓だけど……ここって何階にあるのかな?

 期待と不安が入り混じった思いで、窓の外を覗いてみる。すると目に入ったのは、今までに見た事がないほど遠くにある地面だった。

 あまりの距離に、思わず頭がクラッとする。うん、ダメ。こんなところから出ようとしたら、死ぬ。

 となったら、どうしてもドアから出るしかない。でも外には、誰かいるかもしれない……。


「……そうだ」


 そこで思い付いた。なら、外に出ても不自然じゃない理由を作ればいい!


「……あの」

「はい。落ち着きましたか、アイラ様?」


 試しに声をかけてみると、案の定、ダンタルクさんの声が返ってきた。やっぱりずっと、部屋の側にいたらしい。


「あの……ちょっと、お手洗いに行きたいんですけど」

「おお、これは気が利かず失礼しました。私も同行致しましょうか?」

「い、いえ、その、ここの構造は何となく思い出したのでっ」

「それは良かった! ではお気を付けて、いってらっしゃいませ」


 その返事に一回唾を飲み込み、ドアを開ける。するとすぐにダンタルクさんが頭を下げてきたけど、ついてくる様子はないようだった。


(……ごめんなさい、ダンタルクさん)


 その無条件の信頼に、また胸が痛んだけど。それを振り切るようにして、私は絨毯の敷かれた廊下を歩き始めた。



「……広い……」


 それから体感十数分後。私は敢えなく力尽き、廊下の壁にもたれかかっていた。

 とにかく広い。広すぎる。窓から見えたあの高さから、ある程度は覚悟してたけど。

 魔王……って言うからにはここ、多分魔王のお城とかだよね。……お城の移動って、大変なんだなあ……。


「あの……」

「ひゃっ!?」


 そんな事を思っていると突然声をかけられて、私は思わず不審な声を上げてしまう。慌てて辺りを見回すと、こっちを心配そうに見つめるメイド服の女の子が目に入った。


「……!」


 その女の子に、私は目を奪われる。正確には、女の子の顔に……だ。

 女の子の顔は、猫だった。その姿は、まるで大きなお人形を見てるみたい。

 ……かっわいい! 私は今の状況も忘れて、女の子に目が釘付けになった。


「……あ、あの……?」


 怪訝そうな目で、こっちを見返す女の子。その視線に、ハッと我に返る。

 い、いけないいけない……。いくら可愛いからって出会い頭にジロジロ見るのは、いくら何でも失礼だよね……。


「ご、ごめんなさい、つい」

「いえ……その、大丈夫ですか? 随分お疲れのご様子ですし、それに寝巻き姿のままで……」


 素直にそう謝ると、女の子は改めて心配そうに聞いてくる。……あれ? この城の人みんなが、魔王の事を知ってる訳ではないのかな?


「あの……実は、道に迷ってしまって……」

「そうなのですか。どちらへ行かれるつもりだったのですか?」

「え、えっと……お手洗い?」

「まあ、そうだったのですね。この城は広いですから」


 ひとまずなるべく無難な感じで答えると、女の子はすぐに納得してくれた。うう……逃げ出したいのはやまやまだけど、正直に外に出たいって言っても何だかややこしい事になりそうだし……。


「では私についてきて下さい。お手洗いまでご案内致します」

「は、はい……」


 こうして私は猫の女の子に連れられ、元来た道を引き返す事になったのだった。

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